もうすぐだということはわかっていた。
 何の用意もしていないことも。
 だけど。

 どうしたらいいのかわかんなかったんだい!


☆  ☆  ★  ☆  ☆



 朝が来ても決して光の射さない寝室。
 それにもいい加減慣れてきた頃、わたしは起き上がりこぼしよろしく勢いよく身体を起こした。
 ばっと上掛けをめくると、案の定、シーツには黒がかった赤い染みがついている。
 生理が来てしまった。
「やばい!」
 わたしはベッドから降りるとシーツを外した。
 慌てていたので羽根布団も枕も乱雑に床に落ちる。
 それにも構わず、染みのある部分を下にして浴室に放り込む。次いで、ナイトガウンを脱いだ。染みはこっちにもあるのだ。
 ちなみに、下着の替えがないので寝る時にはショーツを穿くのをやめた。
 結構前にノーパン健康法とかいうものがあったというが、はからずしも実践することとなった。
 ……健康になったのかな、わたし。

「どうしよー。この時代の女の人って、どうやってんのかなー」
 エリックの家に住むようになってから、これはわたしの中でかなり大きな心配の種となっていた。
 男のエリックに聞くのは最後の手段にしようとだけ決め、それらしいものが売られていないか、雑誌や新聞を読むときには常にチェックしていた。
 この時代、風紀が厳しかったという知識はあったものの、新聞に大きくコルセットやらドロワーズやらの宣伝が載っている以上、生理用品だって売っているのなら載ってるだろう、という憶測は立てたものの……。残念ながらそれらしいものは見つからなかった。

 シーツとナイトガウンは水につけておいて後で洗うことにする。
 まずは着替えて必要な「ブツ」を調達しなければ。

 いつものようにブラをつけ、キャミソールの上にシャツを羽織り、ジーンズを穿く。ショーツには畳んだトイレットペーパーをあてがい、応急処置とした。
 ちなみにトイレットペーパーはすでにロールで、現代のものと比べてやや堅いが便器に捨てられるものだった。
 これを見たときの感激は、ちょっとしたものだったと付け加えておこう。
 だって、ベルサイユ宮殿にはトイレがなかったって聞いてたんだもん。
 一般家屋(変わってるけど)になかったとしても不思議はないじゃない。

 それよりもまず、エリックが起きているかが問題だな。
 自分で用意しなくちゃならないとしても、痛みのピークが来る前にしてしまいたいし……。
 居間に行くと、こちらに背を向けてなにやら書き物をしているエリックの姿があった。
「良かった。起きてた」
 安堵して呟くと、聞こえてしまったらしく、彼は振り向いた。
「おはよう。私に何か用かい?」
「おはよう、エリック。えーと……」
 とてとてと近づきながら話しかけ、どう聞いたがいいか迷っていると、
「どうした」
 とエリックはコチラを覗き込んでくる。
 一晩起きていたらしく、うっすらとヒゲが伸びていた。
「えーと」
 言いよどみながら、わたしは遠い目になる。

『生理用ナプキンがほしいんだけど。あ、ないならタンポンでもいいよ(使ったことないけど)』
 と聞けと!?

 いや待て、そもそもタンポンにしろ生理用ナプキンにしても、現代フランス語で言って通じるのか? 名前が違ったりしたらどーすりゃいいんだ。

「えーと」
「?」
 エリックは首をかしげる。
 仮面に蝋燭の光が反射して、いい感じな陰影が出来ているが、そういうものに見とれている場合ではなく。

 恥ずかしいが。
 背に腹は代えられない。

「あの、ね。生理用ナプキンって……売ってるのかな……?」
「ナプキンなら色々あるが? その生理とやらは何をするものなんだ?」
 イヤナニヲスルモノナンダトキカレテモ。

 ……月経用とか言わなきゃならないのだろうか。
 そんな直接的な。

「えーと、女の人だけが使うナプキンなんだけど……」
 しかしそんな勇気もあるはずはなく、当たり障りのなさそうな答えを返してみる。
 すると彼はきょとんとしたようになって、
「女性だけが使うナプキンがあるのか?」
 と逆に問い返してきた。
 ドウスレバ……。


 女しか使わないようなものなんてそうあるものだとは思えないが、エリックは本当にわからないらしい。
 それがどんな形状で、どれくらいの量がほしいのかわからなければ用意しようがないと言って、わたしに説明を求めてくる。

 本気か?
 本気なのよね?
 わかっててこんないじわるを言ってるんなら、仮面に隠れてない方の顔を思いっきり引っかくからね!?


「えーと」
 わたしは何度目になるのかわからない『えーと』をまた繰り返すと、
「脱脂綿ってありますか?」
 そのものがないのなら代用品になりそうなものを使おうと思った。
 どんなものを使えば良いのかもわからないのだが、脱脂綿なら傷の消毒にも使うし、大丈夫なように思えたのだ。
「ああ。脱脂綿でいいのか? ナプキンとやらは……」
「いやそれはもういいですんで、脱脂綿をください……」
 多分悪気がないのであろう彼の問いかけは、わたしを泣きたい気持ちにさせるには充分で。
 でも泣いても仕方がないので、ぐっと我慢した。


 エリックが持ってきたのはざらざらした紙に包まれた綿の塊……って、カット綿じゃないのかぁ。
 まあ、切ればいいか。

「はさみを貸してください」
 と、はさみを貸してもらい、
「もしかしたら全部使っちゃうかもしれないんだけど」
 と聞くと、
「足りなかったら言いなさい」
 というエリックの一言で解決した。


 部屋に戻ろうときびすを返したところで、このまま脱脂綿をあてがっても細かい繊維があちこちにひっつきそうだと思い当たる。

 布で包めばいい、のかなぁ。

 布って言っても血で汚れてもいいものじゃないと。
 それに、吸収力が悪そうなのも駄目だ。

「あの……」
 ぎぎいっと首だけ動かして振り返る。
「どうしたんだ、さっきから」
 わたしの様子がおかしいと、エリックは心配しているようだ。
「汚してもいい布ってありますか? 汚してもいいとはいっても、すでに汚れてるのは困るんだけど」
 彼はしばらく黙って、
「何か汚したのか?」
 と聞いてきたのだ!

 聞かないで!
 頼むから察して!

 心の中で絶叫するが、当然エリックには聞こえるはずもない。

「布、ある?」
 引きつった笑顔でもう一度尋ねると、さすがに何か感じるところがあったのか、エリックは何も聞かず収納部屋(というか、納戸かな?)に行き、両手に大量の布地を抱えて戻ってきた。
 全部新品。
 しかも一目でわかる高級品だ。
「新しくなくっていいのよ。それにこれ、立派すぎるわ」
「新しくなくて汚れていない布などここにはないよ。いいから好きなものを使いなさい」
 と、肩をすくめるエリック。
 そういえば、エリック洗濯しないもんね。
 汚れ物は全部捨ててるんだっけ。
 ああもったいない。


 わたしは布の山を眺め、そこからテーブルクロスを引っ張り出した。
 これ使うのも抵抗あるんだけど、テーブルナプキン一枚じゃ足りなさそうだし……。
 クロスを切り分けて使えばなんとかなるかも。

「これ、もらっていい?」
「構わんよ。それだけでいいのか?」
「……足りなかったらまたもらいます」
 一ヶ月後にはまたもらうことになるだろう。
 そう思うとなにやら物悲しくなってきてふっと視線をそらす。
「そうか」


 わたしはそそくさと部屋に戻った。
 なんというか、

 気まずかった。


☆  ☆  ★  ☆  ☆



 それから二ヶ月ほど経ったある日。
 この時代の衣装一式を揃えたのだが、下着を買ってくれたのが、オペラ座関係者の女の人だという話を聞いてわたしはその人に会わせてほしいと何度もエリックに懇願した。
 自分では駄目なのか、どうしてもというのなら理由を言えというエリックに、さすがのわたしもキレた。

「エリックの馬鹿――!!」




彼は多分この方面に関しては察しが悪いと思います。
(身近に女性がいないもんな)
ところで

エリック視点も読みたいですか?(ああしょうもない)


リクがありましたので書きました。
オマケその2



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