やはり今月もだった。
もうこうなっては恒例行事と化してしまっている。
彼女の奇行には私も首を傾げるばかりだ。
一体、何をやっているのだろう。
☆ ☆ ★ ☆ ☆
彼女は月に一度、思いつめたような顔で物置へ――リンネル類や石鹸、掃除用のブラシなど、管理に気を配らなくてもよいものを放りこんでいる部屋だ――行く。
そして決まって脱脂綿とテーブルクロスを持っていくのだ。
さらには決まってその日は部屋から出てこない。
一度、部屋に篭って何をしているのかと聞いたことがあるが、彼女は簡潔に「寝ている」と答えた。
彼女のこの行動が起こる時間は一定ではなく、早朝目覚めたばかりと思しきときもあるのだが、そういうときにも寝ているのだろうか……。
さっぱりわからない。
正直、とても気になってはいるのだが、どうやら彼女はこのことを私に聞かれたくないようなのだ。これではどうすることもできない。
こういったときに世の男連中はいったいどのように対処しているのだろうか。
あくまで原因を追求するべきなのだろうか。それとも知らない振りをするべきなのだろうか。
相談できる相手もおらず、我が人生を振り返っても参考にできるような記憶もない。
一度、このことが原因で喧嘩をしたことがある。
マダム・ジリーに頼んでいた下着類が届いた日のことだ。
☆ ☆ ★ ☆ ☆
湖の岸まで三往復もすることになったほどのたくさんの箱。
それらが居間に積み重なってゆくのをもの珍しそうに彼女は見つめていた。
くりくりした目が扉と居間の間を行き来する私を追っている。
しかし最初は楽しそうな様子をしていた彼女は、次第に困惑したような表情になっていった。
「さあ、これで全部だ。部屋に持っていって。整理の仕方はわかるだろうね?」
最後の箱を置いて、手を打ち合わせる。
「ねえ、エリック。一応、確認しておきたいんだけど……」
彼女は首をかしげた。
「なんだ?」
「これ、本当に全部わたしの?」
「ああ、そうだ」
「注文する数、間違えてない?」
「間違えてはいないさ。まあ、君にしてみればこの時代の女性に必要なものは多すぎると感じるだろうね。だがこれくらいは当然なのだよ」
紺色の細身のズボンに包まれた足。
ウエストのあたりまでしか丈のないシャツ。
中に着ている物も身体の線を露わにするほど小さい。
この時代の女性と比べれば、彼女はずいぶんと薄着だ。
それでも居間には暖炉があるし、温水パイプが壁を通っているので寝室にいてもそう寒いということはないだろうが。
釈然としない様子ながらも、彼女は箱に手を掛ける。
そして開け始めたではないか。
「駄目だ、部屋に持ってゆけ!」
中から出てきたのは裾にフリルのたくさんついたドロワーズ。
「う……わぁ」
彼女は感嘆したというよりも、未知なるものと遭遇して戸惑ったような声をあげた。
「エリック。これ、あなたの趣味?」
と、彼女はそれを持ったまま尋ねる。
なんでもいいが、ソレを広げるんじゃない。
「何を買うか決めたのは私だが、どれを選ぶかについては感知していないよ。いいから早くしまうんだ。まったく、未来の女性は皆君のように男の前で下着を広げても恥じないほど慎みがないのか!?」
「……あの、わたし、本気でわからないんだけど、エリックこれ見るの、恥ずかしいの?」
こんなに布地たっぷり使ってるのに? と心底不思議そうな顔になる。
ああ、眩暈がする……。
「そうだ、といえば理解してくれるか!? 頼むから……」
「わかった。ごめん!」
私の剣幕に飲まれ、彼女は慌ててドロワーズをしまう。
それからしばらく無言のまま荷物を自室に運んでいた。
それが終わると、
「ね、エリック」
私が怒っていないか窺うようにそっと声をかける。
「……なんだ?」
彼女には悪気はない。なにもかも知らないだけなのだ。いつまでも不機嫌でいるのは大人気ないだろう。
努めて冷静に答えると、彼女はほっとしたように近づいてくる。
「買って来てくれたのって、女の人?」
真剣な眼差しでじっと見上げてきた。
ふと視線を下に落とせば、彼女がの手が祈るように握りしめられていた。
「ああ。……オペラ座にいる知人だ」
嫌な予感がしたが、答えないのも不自然だ。
気が進まないながらも答えると、彼女はがしっと私の腕をつかんできた!
「お願い! その人を紹介して!」
「なんだって!?」
「お願い。どうしても聞きたいことがあるの!」
彼女は手を合わせて拝んだ。
「聞きたい事だって?」
「そうよ、とっても大事なことなの」
切羽詰った形相は、強い決意を感じさせる。
だが、
気に入らない!
「わからないことは私が教えているじゃないか? どうしてそのような嘘を言うんだ?」
「嘘? 何言ってるの、嘘なんかついてないわ」
両肩をつかんでこちらを向かせると彼女の瞳が怯えたよう揺れる。
「だったら、わざわざ上に行く必要などないだろう?」
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
マダム・ジリーに会いたいなど嘘に決まっている。彼女はときどき外に出たいという素振りを見せていた。その新たな手段に違いない。
ここに残ると言ったのは彼女自身なのだ。たとえ意味をわかっていなかったのだとしても、今更なかったことにする気はない。
なにより、私にはもう彼女を手放す気などなくなっていたのだ。出会った日には関わりたくないと、さっさと外に出してしまおうとすら考えたというのに。
彼女は私の哀れな虜。
そして私は優しい暴君を演じているに過ぎない。
この暗闇の館の支配人は私なのだとどうやって教え込もうか?。
「男の人には言いにくい話なの!」
気丈にも彼女は言い返してきた。だが私を怖がっている。彼女の肩に食い込んでいる指から、震えている感覚が伝わってきた。
「ほう?」
可愛い言い訳をするじゃないか。
「信じてないでしょ」
彼女は恨みがましい目つきで睨んでくる。
「私に教えられないことがあるとは思えん」
未来のことはともかく、この時代のことでマダムに答えられて私に答えられないものがあるはずがない。
「言え」
おとがいに指をかけた。
彼女はとっさに私の指を振り払うように顔を背け、そして……。
「エリックの馬鹿ーー!」
と叫んだ。
「馬鹿?」
呆気に取られている間に彼女は私の手から逃れ、後ずさる。
さらには、
「変態ー!」
捨て台詞を残し、ばたぱたと足音を立てて自分の部屋に駆け込むと中から閂をかけた。
「へ……変態?」
あまりといえばあんまりな罵りに、頭が真っ白になった。
悪魔だ、化け物だといわれたことは数知れず。しかし、変態と言われたのは生まれて初めてのことだ……。
変態……。
普通に罵られるよりきついぞ……。
☆ ☆ ★ ☆ ☆
その後二、三日の間、彼女は私とまともに口をきいてはくれなかった。
そして私が事の次第を理解するのはもう少し経ってからのこと。
私が寝ているものと思って「血」の滲みた脱脂綿をこっそり暖炉で燃やそうとした彼女に遭遇してからのことだ。
このときも一波乱あったが、私が意を翻し彼女をマダム・ジリーのもとに連れてゆくことを同意したのは、言うまでもない。
変態といえば、その名を口にするのも恥ずかしい「変態村」なる映画がもうじき封切りされるようですが。
原題は舞台となる場所の名前でとってもまともなのに、なぜこの邦題なのだ。
気になってしょーがないじゃないか(笑)
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