「うーわー」
 感嘆と驚嘆とあまりの人の多さに辟易したものが混じりあった呟きをもらすと、隣でベルナールさんが小さく笑った。


☆  ☆  ★  ☆  ☆



 わたしは2005年の日本からこの時代に飛ばされてきたわけなのだが、この年は愛知県で万博が開催されているはず。話題になる前にエリックのところに来てしまったので、詳しいことはよく知らないけれど。
 そして1878年のこの年は、パリで三回目の万国博覧会が開催されている。
 以前住んでいた国と現在住んでいる都市の両方で、このように大きなイベントと巡り合ったというのも奇なる縁というものだろう。
 この会場にいる人たちは誰も、この万国博覧会というものが百年以上も続き、極東のちっこい島国、日本でも開催されるようになるとは思うまい。
 そう思うと感慨深いものがあり、わたしは歴史の一証人としてこの目にしっかり焼き付けようと決意してトロカデロとシャン・ド・マルスからなる会場へと足を運んだ。
 などと格好をつけてみたが、まあ、単純に大きなお祭りだから興味があるだけなのだ。
 だがすでに開催から二ヵ月は経っている。興味本位というのならもっと早く行っていただろう。そうしなかったのは、一人で行くのが侘しかったからだ。
 わたしの散歩コースとなっている、オペラ大通りやリヴォリ通り、それにチュイルリ公園にも大勢のおのぼりさんらしい人の姿がある。ここでそうなら会場はもっとすごいことになっているのだろう。そんなところへエリックを誘う気にはなれない。彼も行きたいとは言わないだろうし。
 しかし今日わたしが会場に入ったのは好奇心を抑えきれなくなったからというわけではない。
 一応、ベルナールさんの仕事の付き添いなのだ。
 日課の散歩の途中でベルナールさんと会ったのだが、彼は日本の骨董品を扱う店の前にいて、エリックに頼まれてずっと探しているものが万博会場にあるらしいとようやくわかったというのだ。
 そのあるもの、というものが『コト』だ。
 以前わたしがアレなら弾けると言ったので、エリックは本当に探させていたのだと言う。
 まさかそんなことになっているとは知らなかったので、ベルナールさんに説明されたわたしは苦笑いを浮かべてしまった。
 見つからないのも無理はない。絵や陶磁器と比べて楽器というものは鑑賞向きとはいえないので、輸入される量自体が著しく少ないだろうと予想される。
 それに名前の問題もある。わたしは普段の習慣で『琴(コト)』と言ってしまったのだが、『琴(コト)』というのは日本の弦楽器の総称であって、一つの楽器を指しているわけではない。
 もちろん日本人なら『琴(コト)』と聞いたら弦が十三本あるものを思い浮かべるのだろうが、あれは正確に言えば『筝(ソウ)』というのだ。
 そんなわけで、エリックのびっくりプレゼント作戦はわたし以外に正確な楽器の姿を知る者がいないというどーしようもない事情でおじゃんとなったのだが……せっかくなので、本物が見つかっても知らないフリをしていようかと思っている。


☆  ☆  ★  ☆  ☆



 出入り口は一箇所だけではないのだが、せっかくなのでトロカデロの方から入場した。
 そこには会場の目玉建築でもあるトロカデロ宮がどどんとそびえており、入場者を次々と飲み込んでゆく。
 三段重ねのウエディングケーキに大きなウエハースを二本刺している感じの建物で、美しいと思うかは人それぞれだろうが、目立つといえば、かなり目立つ建物だ。
「そういえば、ここってコンサートホールでもあるんですよね」
「ええ。特に評判が良かったのはマーラーの公演で、ブルックナーの『交響曲第四番』やベートーヴェンの『交響曲第三番』、それにワーグナーの『タンホイザー』の序曲などをやったそうですよ。私も行きたかったのですが、チケットが手に入らなくて」
 残念そうなベルナールさんに、わたしは口に手を当て、声を潜めて訊ねた。少し気になることがあったのだ。
「あの、ベルナールさん。彼がここの設計図を持ってたんですけど、それって……」
 エリックはそれを見ながら音響がどうのこうのと息巻いていたのだ。建築には完全に素人のわたしには、彼が言いたいことの三分の一も理解できなかったのだが。
 だがああいうのは、普通の人に手に入れられるものではないだろう。一種の企業秘密みたいなものではないのだろうか。
 しかしベルナールさんはなんでもないことのように「ああ」と呟いた。
「いえ、簡単な話なのですよ。以前、オペラ座建設の折にガルニエ氏と知遇を得ておりまして、氏に頼んで設計図を一部もらってきていただいたのです」
「オペラ座を作った人がこれも作ったんですか?」
 わたしはびっくりして聞き返すと、慌てて口を押さえた。
 エリック関係の話題は、あまり他の人に聞かれたくない。
「いえ、そうではありません。ガルニエ氏はトロカデロ宮とは無関係です。ですが、まあ建築家同士のつながりがありますからね」
「ああ、そういうことですか」
 ほっと胸を撫で下ろす。
 そういえばシャルル・ガルニエという名前は以前エリックからも聞いたことがある。
 あれはわたしがエリックを意識してしまって、顔を見合わせることもできなかった時のことだったわ。
 打開策としてわたしは自分のこれまでの人生を話した。エリックもお返しに自分のことで話せるだけのことは話してくれて、その中に出てきたんだっけ。
 オペラ座建設の最初の段階からエリックと関わり、長い、それこそ十年以上も苦楽を共にした同志のような人だったと。
 その人のことを話すエリックは珍しく穏やかでどこか誇らしげだった。ガルニエ氏とはオペラ座完成後はほとんど連絡を取っていないと言っていたけれど、その人はまだエリックをちゃんと覚えていてくれたのだ。
 なんだか、嬉しい。

 トロカデロ宮から半円状に伸びている回廊を潜り抜ける。セーヌ川に向かって斜面になっている広々とした広場になっており、真ん中にある噴水が青空に向かって水を噴き上げていた。その周囲には芝を敷いたスペースと各国のパビリオンが林立している。
「せっかくですし、日本のパビリオンに寄っていかれますか?」
「そうですね。あんまり混んでいないようでしたら」
 噴水の脇を通り過ぎ、右に曲がる。いくつかのパビリオンの前も通り過ぎると、茅葺屋根の建物が見えてきた。
 以前新聞で特集を組まれたときに読んだのだが、ここにある日本のパビリオンは日本の農家を模した家なのだそうだ。
「ああ、結構混んでいますね……」
「すごい眺めだわ……」
 それは結構面妖な光景だった。
 なにしろトップハットにフロック・コートの紳士方や膨らんだスカートの淑女方が平屋の純和風住宅の周辺にたむろしているのだ。そのアンバランスさといったら、一瞬SFの世界にでも紛れ込んでしまったのかと思うほどだ。
「懐かしいですか?」
 わたしがじっとパビリオンを見ているので、郷愁を覚えているとでも思ったのだろう、ベルナールさんは気遣わしげな顔で聞いてきた。
「いえ、そんなことは……」
 わたしはごにょごにょと誤魔化した。
 なにしろ日本の農家といっても、茅葺屋根のところなんてわたしもほとんどみたことがないくらいだし。昔の日本の家だなぁというのが正直な感想だ。
 こういう建物は文化財指定されているとか○○博物館とか○○資料館とかいう名前になって一般公開されているものが現在ではほとんどではないだろうか。日常的に人が住んでいるところといえば、世界遺産指定されたところとか、黄色いアヒル(のおもちゃ)が村長をやっている地図に名前の載っていない村くらいしか思い浮かばない。
「まあ、お嬢さまは日本でお育ちになったわけではないのですからこれを見て懐かしくお思いになるわけではないのでしょうね」
 ベルナールさんはわたしの誤魔化しを良いように解釈してくれた。
 そういえば、わたしは漂流民の娘だという『設定』になっていたっけ。危ない危ない。墓穴を掘るところだった。
「中に入るには時間がかかりそうですし、先にシャン・ド・マルス宮に行きませんか? そこの日本ブースにコトがあるんですよね?」
 これ以上日本のことを質問されるのはまずいと、わたしはベルナールさんを引っ張ってその場を後にした。


☆  ☆  ★  ☆  ☆



 わたしの時代で万博というと、科学技術のお祭りというイメージがあるのだが、この時代はどちらかというと産業や美術の展示会といった感じだ。
 シャン・ド・マルス宮という四角い大きな建物は、巨大なデパートかと思えるほどの品物が並んでいる。
 まだまだ発展中の機械類が不恰好な姿をさらしていたりもするが、それ以上に多いのが生活を彩るための品、それもこの時代において最先端で贅沢な品物だ。
 食器ひとつをとっても、手が込んだ逸品ばかりで、宝石類など言うに及ばず、あまりにもキラキラしていて目が痛くなりそうだった。
 じっくり見てみたい気持ちはあったのだが、先に用事を済ませてしまおうとそこも足早に通り過ぎる。
 だがシャン・ド・マルス宮は広かった……。ようやく日本ブースにたどりついた時には、足が痛くてたまらなくなっていた。
 日本館のスペースは割りと広く、日本画や陶磁器、漆器、織物などの前には黒山の――金色や茶色も多く見かけるが――人だかりが出来ていた。
 展示品にはそれぞれ解説が書かれているけれど、通訳兼案内人といった感じの日本人もちらほらと見受けられた。彼らは着物に丁髷ではなく、ちゃんとテイル・コートを着ていたが、まだ着慣れていない印象を受けた。
 数ヶ月ぶりに見た同胞は、さすがに胸に堪えるものがあり、自分がいかに故国から遠く離れているかを実感した。
 だが彼らは一様に忙しそうだったし、ある意味では後ろ暗いところのあるわたしには彼らに近付くことはできなかった。
「楽器の展示はこちらのようですよ」
 声をかけられて我に返ったわたしは、ベルナールさんのいる展示ケースの前に急いで向かった。


 日本ブースはだいたいどこでも人だかりが出来ているというのに、楽器を展示しているその一角は体操ができそうなほど閑散としていた。
 展示品の数も一通り揃えただけといった感じで、日本政府も観客も、日本の音楽に対しては熱意を持っていないことが窺える。ま、筝にしろ琴にしろ、弾かなきゃただの木箱だもんね。
「この中にありますか?」
 ベルナールさんは身長に聞いてくる。
 並んでいるのは笙(しょう)に篳篥(ひちりき)、横笛各種、太鼓に鼓に琵琶。それと一応の目的のもの。
「あるといえば、ありますけど……」
「けど?」
 うーむ、困った。
「この展示物、全部雅楽器なんですよ」
 ベルナールさんは首を傾げた。
「ええ。解説書に書いてありますね。それで、ガガッキだと何か不都合なのですか?」
「不都合といいますか……」
 そもそも雅楽をどう説明したらよいものやら。
「あのですね。雅楽というのは、いうなればクラシックコンサートのようなものだと思ってください。格調が高くて庶民には接することが難しい音楽といえばいいのかしら。わたしが習っていたのはそんな高尚なものではないんです。似てるものはあるけど、同じ楽器なのかどうかちょっと自信が……」
「ははぁ。ちなみに、どの楽器です?」
「あれです」
 わたしは『楽筝』という案内が書かれているものを指さした。形も大きさもほぼ同じである。
 懐かしいな。時間が空いた時にはその時流行していた歌の主旋律を爪弾いて遊んだりしていたのよね。それに普段はいいんだけど、発表会に出るときは会場まで持っていかなくちゃいけなくて。筝ってわたしの身長より大きいからかなり重たいんだけど、それを担がなくちゃいけないのよ。それに運搬するにも収納がかなり大変なのだ。それに会場は大抵板張りに緋毛氈を敷いただけだから、畳に比べて足が痛くなる。
 ……と。思い出話は脇に置いておいて、楽筝と筝は同じものなのかどうかが気になるところである。構造上、そう音の出し方が違うとかいうことはないだろうけど。
「……あ」
 違い発見!
「爪が丸い」
「……爪、ですか?」
「そう、ほらあそこにある……」
 楽筝の脇には『爪』が並べて展示してあった。
「わたしが習ったのは四角い爪を使うんですよ。あ、丸い爪を使う流派もあるんですけどね」
 説明するとベルナールさんは腕を組んで考え込んだ。
「そうですか……。でもこの展示品は、お嬢さまが使っていたものとだいたい同じなんですね?」
 確認するように聞いてきたので、
「まあ、大体は」
 とわたしは答えた。
 するとベルナールさんはひとつ頷き、
「では、予約をしてきましょう」
 と言い出した。
「……予約って、これは商品じゃないですよ?」
 だがベルナールさんはなんでもないことのように笑った。
「この場で持って帰ることはできませんが、博覧会が終われば展示品は売りに出されるはずです。いつもそうでしたから。よほどの物でもないかぎり、本国に送り返すのは金と時間の無駄ですからね、欲しいと言えば大抵買えます」
「……」
 すごい話だなぁ。売店と違って、ここに展示してあるものなんてどれも値の張るものばかりだと思うのだが。それでも買おうと思う人がいるか。売る方も売る方だが。
「予約をしておいて、後で先生に報告をします。同じでなければいらないとおっしゃった場合にはキャンセルをすればいいだけですし」
「それで良いのでしたら、良いんじゃないでしょうか」
 わたしは自分でも強張っているとわかる笑顔で答えた。
 これがいるかいらないか問われれば、別に欲しいとは思わないのだが、わたしはこの買い物のことを知らないことになっているのだ。ああ、本当にいつの日か、これがあの地下の屋敷に届いてしまうのだろうか。
 だが正直、あっても困る。なにしろわたしのレパートリーなどたかがしれているし、楽譜もあるとは思えない。
 いくらエリックのような物好きな音楽家がいても、筝曲の譜面は読めないと思うから、今後も入荷は期待できないだろう。
 筝曲の楽譜は西洋音楽のとは全然違うし、おまけに音階は漢字で書かれているんだぞ。
「ええ。ではさっそく関係者と話をしてきます。お嬢さまも行きますか?」
 だがわたしの葛藤には気付かずに、ベルナールさんは肩の荷が下りたようで、晴れ晴れとした顔つきになった。
「交渉ごとはお任せします。せっかくですので、わたしはこの辺りで展示品を見ています」
「わかりました。それではしばらくお待ちください」
 ベルナールさんは軽く頭を下げると、人混みに溢れる工芸品展示場に向かっていった。
 ……どうか、すでに売約済みでありますように。


☆  ☆  ★  ☆  ☆



 それからあまり混み合っていないところを狙って鑑賞していたのだが、結構な時間が経ってもベルナールさんは戻ってこなかった。
 手間取っているのかなぁと、雅楽器の展示場あたりまで戻ると、ベルナールさんは少し離れたところで複数の日本人に囲まれていた。
 なんだか只事ではない雰囲気がする。と、ベルナールさんがわたしに気付き、傍らの男性に合図をすると、一斉に彼らはこちらを向いた。
(ちょっとー。まずいことでも起きたんじゃないでしょうね)
 そして、彼らは一致団結したようにこちらに近付いてくるではないか。
 ベルナールさんは人の良さそうな笑みを浮かべてのんびりと歩いている。
(ちょっと、本当に、何があったって言うのよ!?)
 こちらに来たのは三人。一人だけテイル・コートで後の二人はフロック・コートを着ていた。
 フロック・コートの二人のうちでより年かさの方が真ん中に立っている。年かさといってもせいぜい三十代くらいだろうし、もう一人はまだ二十代ではないだろうか。
『はじめまして。さん、でよろしかったかな?』
 真ん中の人に日本語で話しかけられた。鼻の下に蓄えたひげは綺麗に整えられており、眉は太くて濃く、顔立ちはなかなか渋い。
『そうです。あの……?』
 久々に聞く日本語に懐かしさを感じつつも、やはり戸惑いの方が勝った。
 そもそも、どうしてわたしの名前を知っているのだろうか……って、ベルナールさんが言ったに決まっているが。
『私は駐仏特命全権公使の鮫島尚信です。それから彼は博覧会事務局次長の前田正名君と起立工商会社巴里支店駐在員の林忠正君です』
 前田と紹介されたのは、もう一人のフロック・コートの人で、一番若そうなテイル・コートを着ている人が林だ。
 しかし公使って……なんでそんな偉い人がこんなところにいるのよぉっ!?
 思わず逃げ腰になると、鮫島公使は落ち着くように制した。
『大丈夫です。懸念には及びません。以前にも伝えましたが、あなたが密出国の罪に問われることはありません。それよりもあなたには一度公使館に来ていただきたいと伝えたのですが、あれきり音沙汰がなくて気にかかっていたのですよ。ですがようやく会えましたね』
『え? あの……。以前って?』
 公使の口ぶりではすでにわたしを知っているようではないか。だがそんなはずはない。確かに一度は公使館に行こうかと思ったけど、未来から来たなんて話は信じてもらえそうになかったので、早々にやめにしたのだ。
『知らなかったのですか?』
 わたしの様子に不審を覚えたのだろう。一歩近付き値踏みするように見つめた。
『あなたの出生証明書のことで、先々月になりますか、ベルナール氏が当公使館を訪ねてきているのですが』
『出生証明書ですって? いいえ。聞いていません。ベルナールさん、どういうことです?』
 日本語のままだったが、ベルナールさんは自分が呼ばれたことだけはわかったらしい。だがやはり話の内容はわからないせいか、目をぱちぱちさせていた。
 わたしは改めてフランス語で日本公使館を訪ねたのかと聞いた。
「ええ。先生の指示で。お嬢さまの出生証明書は日本で発行してもらうことができるか聞いてくるようにと。聞いていらっしゃらなかったので?」
「ええ。……まったく、本当に秘密主義なんだから」
 思わずきつい調子になってしまったが、まあまあとベルナールさんが取り直そうとする。
「お嬢さまの場合、日本のお生まれではありませんので、発行してもらえるかわかりませんでしたから、駄目だった場合のことを考えて内緒にされていたのではないでしょうか」
「そうかもしれないけど、わたしのことなのに……」
「お二人とも、落ち着いてください」
 公使は今度はフランス語で話した。
「すでに私の見解はベルナール氏に伝えていますが、この分ではあなたはまだ知らないようですので、改めてお話します。出生証明書は本人の確認が出来ない以上発行はできません。ただし、あなたの場合は日本の外で生まれたわけですので、現地でそのことを証明することができれば、日本政府としても発行は可能となります」
 なるほど。
 あれ? でも待って。わたしは話の『設定』として、漂流民の娘ということにしている。生まれた場所は特に決めていなかった。漠然と中国とか東南アジアと思っていたけど、そうなると公使からすればわたしってハーフということになるのかしら。実際には100%日本人だけども。
 そのあたりのこと、エリックはどうしたんだろう。
「あの、わたしの国籍って、日本の法律でいうと、どこの国になるんですか?」
 おかしな聞き方だろうが、下手なこともいえない。
 だが公使は特に不思議がることはなかった。
「あなたもご存知でしょうが、わが国は長らく諸外国とつながりを絶っていました。ですので日本人であることを表す基準がありませんでした。しかし時代は変わりました。外国人と結婚することも今後はありえることになると、法整備がなされたのです。簡潔に申し上げれば、日本人の父親の子供が日本人だということです。ですからあなたはトンキン生まれだそうですが、法律上は日本人になります。もっともこれは、あなたの父親が日本人であると証明されればの話ですが」
 ……トンキンって、どこの国だったっけ。たしかこれもエリックの過去話の中で出てきたと思ったんだけど。
 しかしわたしの父親は実際にはまだ生まれていない。
 いない人の証明をどうやってするというのだ。
「ただ、あなたの父親はすでに亡くなっているということで、本人に証明してもらうことができません。ですので、私はベルナール氏に知っている限りのを話していただいて、その内容に相当する人物がいるかどうかの照会をするよう、手紙を本国へ送りました。直接あなたと話ができていれば、もっと詳しく書けたのでしょうが」
 架空の父親のことなんて、海の近くに住んでいたとしか決めていないのだが。エリック、なんか『設定』に追加でもしたのかな……。
「それで、結果は?」
「手紙が往復するだけで四ヵ月ほどかかります。調査もしなければなりませんので、早くても半年は先でしょう」
 往復だけで四ヵ月か。さすがに遠いわね、この時代は。
「ですが、もし追加の情報を送れば、それだけ照会作業ははかどるでしょうから、確実な返事が期待できると思いますよ。どうでしょう。一度公使館へいらっしゃいませんか? まだ捕まるのだと心配しているようでしたら、婚約者もご一緒にいらっしゃればよろしいでしょう」
「こ……!?」
 婚約者って誰のことだ。
 エリック、本気でどんな説明をさせたんだ……!
 わたしは頬を引きつらせて公使に少し待ってくれるように頼み、ベルナールさんを引っ張った。
「一体、公使になんて話たんです?婚約者ってどういうことよ……! というよりも、婚約者ってもしかしてエリックのこと?」
 大声で喚きたいのを堪えてひそひそと耳打ちする。
 だは返ってきた答えは、こちらの想像を上回るものだった。
「ええ、その……。証明書が発行でき次第、お嬢様と結婚式を挙げるつもりだと……。ですからてっきり婚約されたものだと思っていたのですが……違ったんですか?」



 ……初耳デスガ?







ついに実在した人物を登場させてしまった…。
関係者の皆様、申しわけありませぬ〜(土下座)

それと、解説入れないとわからない部分もあるかと思いますので、興味ある方はこちらをドウゾ→解説





目次  次へ