そこはいつも少しばかりかび臭かった。
オペラ座には数多くの楽屋があるが、この一角だけは少々手狭で舞台からも遠いため、ほとんど使われることがないからだ。
誰にも見咎められないように、わたくしは突き当たりの部屋へと入る。
明かりはつけない。
つけては意味がないからだ。
化粧台の近くにある椅子を大きな姿見に向けて座る。
しばらく待っていると、ふいに鏡がぼんやりと明るくなった。同時に、黒いシルエットが浮かび上がる。
目が慣れるまでは、少し時間がかかる。
やがて焦点が合うと、そこには男が立っているのだ。
背景は黒く、着ているものも黒い。襟元のシャツと顔の半分を覆う仮面の白さが浮かび上がって見えた。
「こんにちは、ムッシュウ」
「やあ、マダム・ジリー」
いつもの挨拶。
鏡を隔てて向かい合うわたくしたち。
そして、緊張を孕んだ沈黙が起こる。
口火を切るのは、大概が呼び出した方だ。
今回は男の方。彼は新任の理事のことで、いくつかわたくしに聞きたいことがあったらしい。
無味乾燥な会話が数分間続く。表情がほとんど動かない彼が鏡の中にいるので、まるで等身大の絵があるようだった。
この楽屋の鏡は、鏡ガラスになっている。暗い方から見ると、明るい方が素通しで見えるのだ。逆に明るい方からは、普通の鏡に見える。
彼は自分の側に明かりをつけていた。だからわたくしは暗くしていなければいけない。
この部屋の秘密を知っているのは、オペラ座の人間ではわたくしだけだ。
しばらくして話が終わったと感じたわたくしは、立ち上がろうと腰を浮かせかけた。
「マダム・ジリー。確認したいことがあるのだが……」
そこへ珍しいことに歯切れの悪い調子で彼が呼び止めた。
「何か?」
「ルイゼット・サパンのことだが、もしよければオペラ座をやめるように仕向けるが、どうするかね」
「まあ」
意外な申し出だった。
彼はわたくしの立場を尊重して、バレエに関してはほとんど口を出さないのだ。
しかし、ルイゼットのことはここ最近わたくしにとって悩みの種であった。それを彼も知っているのだろう。わたくしは小さくため息をついた。
ルイゼットは、ある意味では天才的なバレエの才能を持っている娘だ。ただしその才能は美しいポーズを取ったり、難しい技を決めたりすることではなく、バレリーナの肩や足や腰が男性にどのような作用を及ぼすのかを知り尽くしているという点にある。
あの娘はなんでもないような場面でも、必要以上に媚態を見せたがるのだ。
目立ちたがりのバレリーナなど珍しくもないが、度が過ぎれば悪趣味になる。ルイゼットはそういう子だった。
そしてそんな彼女には、金払いのよい愛人がいる。二年前にはその愛人の力でコリフェになったが、今度はとうとうスジェの地位まで買ってしまった。
本人はもっと早くスジェになるつもりだったようだが、愛人氏が何を言ってきてもわたくしが頑と拒んでいたので、二年もかかったのだ。彼女にしてみればずいぶんな遅れだと感じるだろう。
わたくしが折れたのも、支配人に泣きつかれたからにほかならない。それまでの間わたくしが拒み通したのは、偏に彼女にはカドリーユ程度の実力しかなかったからだ。
「お気遣いありがとう。でも必要ありません。わたくしはこれも良い機会だと思っているのですよ。コリフェまでならば、多少の荒も目立ちませんけど、スジェとなるとそうもいきませんからね」
わたくしが答えると、彼はにやりと笑った。
「新聞のバレエ欄に酷評が載るのを待って、自分の身の程を知らせるとでも? やめておきたまえ、愛人の男は金の使い方がわかっている奴だ。その記事を書く評論家は買収されていると考えた方がいい」
そんなことくらいはわたくしだって想定している。やんわりとわたくしは頭を振った。
「いいえ。わたくしが考えているのは別のことよ。スジェ以上になると、お金持ちの愛人がいるだけではどうにもならないこともあるのです。なぜって、たいていの子にも同じくらい財産のあるパトロンの一人や二人はついているし、人脈もそれなりにあるのですもの。それに、気位の高さや気性の激しさも、相当なものよ。コネで役をもらう前に、他のスジェの子たちにぺしゃんこにされてしまうでしょうね」
彼は口の端をあげた。
「げに恐ろしきは女の巣窟、かな」
「あら、ご存知なかったの?」
軽い調子でわたくしは答えた。
彼は参ったというように首を左右に振ると、ややあって自嘲めいた笑みを浮かべる。
「メグ・ジリーを昇級させる手伝いを……と思ったものでね。あなた方には
が世話になったいるので、せめてもの礼に。ルイゼットがスジェになるのは困りものだが、さりとてコリフェに留まられては本当に実力のあるカドリーユが腐るだろう?」
「あの子の愚痴を真剣に受け取らなくてもよいのですよ。考えるより先に口が動くだけなのですから」
「自分の娘にも厳しいのだな、あなたは」
「相手が誰であろうと、評価に手を加えたりはしないわ。そうでなければ本当の『星』は手に入りませんからね」
そうよ。わたくしは本物の星をフランスに輝かせてみせる。
そのために、彼と手を組んだのだから……。
☆ ☆ ★ ☆ ☆
思い切った手紙を書いたものだと、我ながら思う。
ただ気付かないうちに失礼をしたことに対する弁明だけで済ませて置けば良かったものを……。
だが、書かずにいられなかった。
そして返事はこなかった。
いや、無視されているのかもしれないが。
手紙はいつも、朝に置かれた時と同じ場所から動いていないのだ。あの幽霊男は近くに来ているかもしれないが、それはわたくしには確認のしようのないことだった。
半月近くが経ち、もう望みはないだろうと諦めかけていたある日、練習室から教官室へと移動している最中にわたくしはふと空耳のようなものを聞いた。
空耳だと思ったのは、近くに誰もいなかったからだ。少し離れた廊下では、数人が固まってしゃべっているが、声はそことは別の方角から聞こえたように感じた。
ぼんやりしていたせいでそんな風に思ったのだろう。わたくしは気を引き締めて歩き出した。
そこへ、
「地下一階。廊下の突き当たりの楽屋だ」
という声が耳元でした。
わたくしは驚きはしたものの、目だけを声のした方へ動かし、誰もいないことを確認した。
おしゃべりをしていた集団とすれ違い、そのまま教官室へは戻らずに、見当違いの方向へ、つまり地下一階の楽屋並びへと向かった。
途中で何人かの少女たちにすれ違ったが、バレエ教師であるわたくしが楽屋近くにいたところで誰も不審に思ったりはしない。奥に向かうにつれて人の気配が薄くなってゆく廊下を突き進み、指定された部屋に入った。
そこは、明るかった。
誰も使っていない楽屋だというのに、全部のガス灯に火がついている。
わたくしはゆっくり室内を見渡した。
変わった様子はない。
オペラ座内には数多くの部屋があり、楽屋だけでも相当なものだ。わたくしは今までこの楽屋に入ったことはなかったが、そこはさほど重要でない人物が使うような、ありふれた内装をしていた。
人気のあるバレリーナや歌手の部屋ならば、届けられた花かごでむせかえるような匂いがするものだが、そのようなものもない。
使われる頻度が少ないのでまだ綺麗だったが、それでも侘しい感じは拭えなかった。
「呼び出しておいて、だんまりですか? それともまだ来ていらっしゃらないのかしら。わたくしには見えないのですけれど」
静けさに耐えかねて、挑発的にわたくしは言った。
一拍をおいて、さほど大きくはない声が、部屋の全体から聞こえてくる。
「あなたは本当に肝の据わった人だ。幽霊と話すだけではなく、力を借りたいとまで言い出すのだから」
幽霊だった。
まさか呼び出されるとは思っていなかったが、やはり聞き違いなどではなかったのだ。
声の調子ではもう怒ってはいないようだった。
だが今度腹を立てたのはわたくしの方だった。半月もただ放っておくなんて、人を馬鹿にするにもほどがある。
「それはもう撤回します。幽霊の気まぐれにつき合わされるのはごめんだわ」
どこからともなく声は聞こえてくるので、どこに向かって話せばよいのかわからない。漠然と空中を睨みつけながらわたくしは言い放った。
「――しばらく地上から離れていたものでね。手紙は先ほど読んだ。待たせてしまってすまない」
地上を離れた?
ならその間は『どこ』にいたというのだろう。
そんなことを考えている間にも、幽霊は話し続ける。
「しかし、撤回するというのならば仕方あるまい。興味深い話だったがこの件はなかったことに――」
「お待ちなさい」
簡単に引き下がろうとする姿勢に、苛立ちを覚えた。
「人をさんざん待たせたのだから、話くらいは聞いていきなさい」
わたくしは幽霊に命令した。
一瞬息を飲むような気配がして、
「はい、マダム」
と茶化したように幽霊は答えた。
現在のバレエの状況をどう思っているかしら。
わたくしは、停滞していると感じているの。
もちろんバレエの公演は、人気作ならすぐにチケットが売り切れてしまうわよ。新作で、どうやら駄作らしいと思われたものはその限りではないけれど。
でも、ね……。
違うのよ。
わたくしが現役だった頃、そしてその前に比べて、勢いが衰えているわ。
その原因は……。
原因は、よくわからないのよ。
色々な要因が絡んでいるのでしょうからね。
その中には、ロマンティックな雰囲気の作品に飽きられてきたということもあるでしょう。流行の変化というものよ。
こればかりはどうしようもないわ。別の、もっと今の人たちの心を掴むような新作を上演しないと。人気があった作品を繰り返したって、いずれその輝きも磨耗してしまうだけなのだからね。
でも、その中でもわたくしでもどうにかできる、いえ、どうにかしなければならない要因があるわ。
それはね、『星』がいないということ。
本物のエトワルがいないことなの。
バレエ団のクラスとしてのエトワルはいるわ。でも実際の人気は彼女たちよりも外国から来たゲストたちに集中している。負けているのよ。
これは、今に始まったことではないわ。
わたくしが練習生だった頃にはすでにそうだった。
わたくしがカドリーユとしてデビューした年には、マリー・タリオーニが引退した年でもあったわ。
ファニー・エルスラーは現役だった。もっとも、彼女はわたくしがデビューする前にすでにオペラ座からは離れていたけれど。
カルロッタ・グリジとは共演したことがあるわ。カドリーユだったわたくしには、彼女の人気に一緒に舞台に立っただけで圧倒された。
逆に、わたくしの六年先輩のアドリーヌ・デュクロはプルミエール・ダンスーズだった時に、新聞にこんなことを書かれたわ。
『オペラ座のプルミエール・ダンスーズはデュクロ。しかしオペラ座にプルミエール・ダンスーズはいない』
彼女はショックのあまり、しばらく家から出なかったそうよ。
気の毒な話だと思う。でも。
実力や華があれば、外国人だろうと、どこの舞台でも引く手あまたになるのは当然だわ。そしるべきは、付属のバレエ団があるにも関わらず、ゲストである彼女たちに伍することができなかったわたくしたち。
本当にわたくしたちに実力があったら、たとえ外国から誰がこようと、わたくしたちが影になるようなことはなかったはず。
わたくしは努力をして最終的にはエトワルになったわ。
でも、それは名前だけのことではないかと、いつも悩んでいた。
十四年間舞台に立って、思うように踊れなくなって引退をしたけれど、心から満足して踊れたことは一度もなかったように思う。
結婚をして、娘が生まれて。それからしばらくして夫が亡くなって。
年金があったので生活には困らなかったけれど、人生の張り合いというものを失ったわたくしは、当時の支配人から教師にならないかという誘いを受けて、二つ返事で引き受けたわ。
ところが、しばらくぶりにオペラ座に戻ったら、もう笑うしかなかったの。
状況は、わたくしのいた頃よりもっと悪くなっていたわ。
新作のバレエの主役を選ぶとなると、必ずといってよいほど、イタリアまで行って踊り子を探しに行くのよ。自分たちの足元に大勢いるというのに、彼らにはもう目に入らないのね。
わたくしは初めの頃こそ反対しようとしたわ。彼女たちを使わないのでは、なんのためのオペラ座バレエ団かわからないもの。
だけど現役の後輩たちを見て、それが意味のない反抗にしかならないのだと悟った。
全体的に実力が低下していたのですもの。こればかりは庇いようがなかった。
それでわたくしは、当面は彼女たちをみっちり扱くことにして、まずは全体的に技術力を向上させることに努めたの。
苦労した甲斐はあったと思うわ。最近ではオペラ座バレエ団の子に初演の主役を任せられるようになったもの。
だけど、まだ足りない。
ただ上手に踊れるだけのバレリーナだけがいてもどうしようもないのよ。バレリーナになるために生まれてきたような子、手の一振りだけでも人びとの目を惹きつけてしまうような子がほしいわ。
フランスにだって、マリーやファニーやカルロッタのような、バレエを踊るために生まれてきたような子がいるはずよ。なんとしても見つけて、指導したいわ。
そして外国からどんなバレリーナが来ても、負けないようなエトワルが生まれたら、そのときこそオペラ座のバレエは世界一なのだと証明することになると思わない?
わたくしが話している間、幽霊は一言も口を挟まなかった。
彼はまだいるのだろうか。見えない相手と話をするというのは大変なことだ。
こっそり立ち去ったところで、こちらにはわからないのだもの。
「ムッシュウ、そこにいらっしゃる?」
「ああ、話は終わったのか」
間を置かず、幽霊は返事をした。
「それで、私に何をさせたかったのだね? もう私に頼ろうとする気はなくなったようだが、何を頼もうと思っていたのかには興味がある」
「具体的に何かを考えていたわけではないわ。ただ、あなたは芸術に対する造形が深いようだし、オペラ座に雇われているわけではない。つまり、支配人などの上層部と利害関係が直接的にはないということが好都合だと思ったの。雇われの身では、上に気兼ねして言いたいことも言えないということが往々にしてあるものですもの」
「ふむ……」
幽霊は考え込んでいるような声を漏らした。しかし本当に考え込んでいるのかは、やはりわからない。
それにしても意外だったのは、幽霊がわたくしの話を笑い飛ばさなかったことだ。この幽霊はだいぶ人が悪い感じなので、こんな風に真面目に聞いてくれるとは思っていなかった。
幽霊に会いたいと思っていた頃には気付かなかったが、それだけ余裕を失っていたということだろう。
まあ、誰かに話してしまいたいとずっと思っていたことをすべて話してしまったので、気持ちがだいぶすっきりした。それだけでも良しとしなければ。
まともに考えてみれば、幽霊に何かを期待するなど、馬鹿げているにもほどがある。
「マダム・ジリー。あなたは手紙に表現や音楽においても磨きをかけたいと書いていたが、よく考えてみるまでもなく、私にはそうした指導はできないよ。たとえ、生前が天才的なダンサーだったとしてもね」
生真面目な調子で幽霊が言ったので、わたくしは思わずにっこりしてしまった。
「もちろん、そんなことは期待していないわ。バレエは声だけで指導できるものではないものよ。それに、幽霊がバレエの教師になったりしたら、女の子たちが大騒ぎするわ」
「それは御免被りたいね。騒がしい女は好かないから」
それはさておき、と幽霊は話を変える。
「だが一つ、音楽に関しては忠告ができる。難しいことだとは思うが、やらずにいるよりはましだと思うのなら、やってみるといい」
「それは、どんな?」
思わず大きな声になってしまった。まさか本当に考えがあるというのだろうか。
「バレエの最大の弱点は、音楽に魅力がないところだ。既存の曲をアレンジするのならばまだましが、バレエ専用に作った曲は、踊ることを前提に考えるので、どうしても音楽性が犠牲になってしまう。バレエを見るたびに私は思っているんだ。これらの音楽は、単独では誰も聞こうとはしないだろうと」
「踊るための曲ですもの。歌うようにいかないのはある程度は仕方がないわ。このことはわたくしも気付いていたけれど、作曲はわたくしには専門外よ。作曲家に依頼して、できあがったものを検討するしか……」
「その『作曲家』は作曲はできるかもしれないが、『芸術家』ではないだろう」
「え?」
「一流と言われている作曲家に依頼したまえ。バレエの技にあわせて音を当てはめてゆくだけの作曲屋にではなく」
無茶苦茶なことを言う幽霊だ。
わたくしはそう思った。
「誰も引き受けてくれないでしょう。バレエの音楽はオペラに比べれば一段下に見られているのですもの」
「それを引き受けさせるのが、変化の第一歩になるかもしれなくても? あなたのバレエにかける情熱は、その程度のものなのか?」
「……言ってくれるじゃないの」
挑発されて、わたくしは大きく息を吸い込んだ。
「いいわ。やってみましょう。何もしないでいるよりはましですもの」
「そうかね。まあせいぜい頑張りたまえ」
面白そうな調子で幽霊は激励の言葉を送ってきた。
なんて憎たらしい!
わたくしはもうこの幽霊を見返すためだけにでも、一流の作曲家に新作バレエの作曲をぜひとも引き受けさせなければと思った。
ああ、でもなんてやっかいなことになったのでしょう。
この難事業はわたくしの一存でできるものではない。まずは支配人を説得しないと。作曲家を替えるとなると、その報酬も変わってくるのだから……。あの保守的に過ぎる支配人にこのことを納得させるのは至難の業だろう。
わたくしはすでにうんざりしてしまって、ため息をついた。
「そうだ、マダム・ジリー」
「なんですの」
「支配人には私の方から話を通しておこう。あなたは作曲家を口説き落とすことに全力を傾けなさい」
「……」
「信じられない、という顔をしているね」
くっく、と喉の奥で笑うような声がする。
「そんなことができて?」
「できるさ。彼は私の言うことならなんでも従う。なぜなら、私は彼以上に音楽に詳しいのだから。その私からの親切な忠告を無視するほど、彼は馬鹿ではない」
一体、この幽霊は何物なのだろう。
本物の幽霊だとしても、幽霊のふりをしている生身の人間だとしても、行動がおかしすぎはしないか?
一体何のために、こんなことをするのだろう。
「支配人を手玉に取れる幽霊が、どうしてわたくしの相手をしてくださるのかしら」
皮肉交じりにわたくしは言った。彼の真意はともかくとして、良いようにあしらわれているのだけは確かだからだ。
「それはもちろん、あなたが私に会いたがったからだよ」
「……やめておけばよかったと、今は思っていますけれどね」
「くっ!」
もしも表情が見えたとしたら、幽霊はきっとにやりとした笑みを浮かべているに違いない。
「まあ、正直なところをいえば、あなたに関わるのは面白そうだというのもあるのだ。なにしろオペラ座バレエ団の改革に関われる機会などざらにはなかろう。どうせならばオペラそのものに関わりたかったものだが、オペラにもバレエが不可欠であるには変わりないからね」
最後の言葉にカチンと来る。わたくしは音が立つほどの勢いをつけて椅子から経った。
「あなたもバレエをオペラの下に見ているわけなのね。……いいわ、見ていらっしゃい。今にそんな台詞は言えないようにしてさしあげますから」
「では、お手並み拝見といこうか。マダム・ジリー」
笑いを含んだ幽霊の声はひどく癪に障った。
意外に熱いな、うちのマダムは…。
ちなみに、マリー・タリオーニ、ファニー・エルスラー、カルロッタ・グリジは実在したバレリーナです。
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