「エリック、いらっしゃるの!?エリック!」
楽屋に入るとわたしはマダムがいるということも忘れて大声で叫んだ。
これで終わりにして欲しい。
あなたの望みどおり、わたしが歌うのだから。
だけど何度叫んでも答えはなかった。
「きっとまだ舞台の近くにいるのね」
伯爵夫人の衣装を手に、マダムは鏡の前に立った。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
不安な気持ちを抱えたまま着替えを始める。
コルセットを締め上げ、ペチコートを付けた。
舞台衣装だから本物のドレスよりも脱ぎ着がしやすく出来ているが、大きなクリノリンをつけるこのタイプの衣装はやはりそれなりに時間がかかるものだ。
まだ着替えが終わらないうちに、舞台から悲鳴が聞こえた。
それも一人や二人のものではない。
わたしとマダムは顔を見合わせ、わたしはマントを羽織って舞台に様子を見に行った。
エリックが、またなにか……?
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
最悪の事態が起こっていた。
大道具係のジョゼフ・ブケーが舞台の上で死んだのだ。
支配人たちは懸命に事故だと説明して回っているが、ブケーの首に絡まっている縄がエリックの仕業だと告げているのだ。
「あ……ああ……」
目の前が涙で揺れる。
楽屋に戻る 動けない…! 