エルフの双子の公子、エルラダンとエルロヒアはが見たエルフの二番目と三番目に当たる。しかし二人合わせて二人目としか思えなかった。
彼らは顔立ちが細部に至るまでよく似ており、また自分たちでもわざと区別をつけないようにふるまっている節があるのだ。
髪型も同じ、着ているものも同じ。顔には黒子のひとつもないので、外見だけで二人を見分けるのは至難の業のように思えた。
唯一つ違うのは、編んだ黒髪をまとめている紐の色くらいだ。それだって、近くにいなければわからない。
これはもうわかっていてやっているのだとは確信した。
なにしろエルフというのは不死なのだ。彼らはエオメルと同じくらいの年齢にしか見えないが、実際は何千年も生きているに違いないのだから。











指輪物語










エオメルに留守中の出来事を報告してからは、は双子の世話に専念した。そうしろと命じられたわけではなく、そうしようと考えたわけではない。成り行き上、そうなってしまったのだ。
がロヒアリムの中で毛色が違っていたため、双子の目に留まりやすかったのだ。そっくり双子の彼らを見分けることほどではないが、エルフの彼らも人間の見分けは苦手なのだった。
「では、お二人はアラゴルン殿のずっと世代の離れた従兄のようなものなのですね」
「そうそう。弟のようだと思っていたけど、本当に義弟になることになったんだよね」
「びっくりしたよな、あの時は」
二人の世話をするといっても、四六時中用事を言い付かるようなことはない。一番多いのが話し相手を務めることだった。
ひとしきり先の戦いについての話をし尽くしてしまうと、どちらからともなく互いの素性を気にかけるようになった。
なにしろにとってはまだまだ未知の種族であり、双子にとってもロヒアリムやゴンドリアン、東夷とも顔立ちの違うは不可思議な存在だったのだ。
双子は代わる代わる自分たちとアラゴルンとの関係を説明した。長い話が終わると、ようやくはアラゴルンとセオデンの交わした会話の意味を理解したのだった。双子の父とアラゴルンの何代も前の父が兄弟で、さらに双子には妹がおり、彼女はアラゴルンと婚約しているのだという。双子が待っているというエルフの一族は、新たな人間世界の王とエルフの姫君との結婚を見届けるためにゴンドールへ行くのだという。だがこの二人が婚約して四十年近い月日が経っているというので、そのあまりの気の長さには呆然となった。とてもではないが、常人には真似できるものではない。
しかしアラゴルンは世代を経ているとはいえ、エルフの血が流れているということを思い出し、さもありなんと納得した。老いもせず、通常では死なないとなると、時間の感覚が違って当然だ。そういうところはの相棒であったナセも似たようなものだった。彼もまた不死者の一人なのだ。
「で、君はどこの一族なんだい?」
「魔法が使えるんだってね。レゴラスに聞いたよ」
双子は礼儀正しく、だが興味津々と訊ねてくる。
「わたしは…」
はここへ来た時の話をした。あれからまだ一年と少ししか経っていないとは信じられない。毎日が目まぐるしく過ぎて行き、もう何年もここにいたような気がしている。
話し終わると、双子はそろって考えこんだ。
「異世界へ渡る術は聞いたことはないけれど、来たのならば帰ることだってできるはずだ」
エルラダンが言うとエルロヒアが続ける。
「答えがみつかるかどうかはわからないが、良ければ父やお祖母様…ガラドリエル様に相談してみるよ」
「そうだね。父は伝承家だし、ガラドリエル様はヴァリノールでお暮らしになっていたことがあるのだから、何か知っているかもしれない」
「ヴァルノール?」
「君の話を聞く限りでは、君の守護者だというナセ殿は、私たちが言うヴァラやマイアのようなものだと思うんだ。ヴァリノールというのは、その方々がいらっしゃるところだ。海を越えた遥か西方にあると聞いている」
締めくくったのはエルロヒアだった。この兄弟は互いに知っている事でも交互に説明する癖でもあるのか、最後まで一人で説明するということはない。声質も似ているため、左右から聞こえてくる声に軽く混乱をしてしまいそうだった。多分、悪気はないのだろうが。
「そうしていただければ…」
二人の申し出をはありがたく受け取った。セオドレドと婚約し、一度は心の底から帰れなくても良いとすら考えたが、彼がいなくなった以上、がマークに留まらなければならない理由はもうないのだ。エオウィンとの約束は守りたいので、エオメルが結婚するまではここにいようとは思っているが、それでも何年もかかるものでもあるまい。その間に帰る術が見つかればもうけものだ。
「そういえば、ガンダルフ殿はまたここに寄ってくださるかしら」
はガンダルフに自分の故郷に戻る方法を知っているか聞いていなかったことに気がついた。サルマンが知らなかったのでガンダルフも知らないものだと思い込んでいたが、彼は一目でがこの世界の生き物ではないことを見抜いていたのだ。聞くだけでも聞いてみればよかったと、自分のうかつさを悔やんだ。
二人にそう言うと、
「いつかは来ると思うよ」
エルラダンは穏やかな灰色の目を細めて微笑んだ。
「なにしろ、彼ほどの根無し草はいないからね」
エルロヒアはくすくすと笑った。
「彼がいつ、どこへ行くのかは、私たちにもわからない」
「だけど、次に彼がローハンへ来るのは。そう遠くないと思うよ」
「セオデン王の葬儀とエオメル王の戴冠式があるだろう?」
「それには出席するだろうからね」
やはり双子は交互に説明するのだった。











エオメルがエドラスに留まっていられたのは一週間ほどばかりだった。論功行賞の大部分はゴンドールにいた時点ですでに決まっており、ここで行うのはマークに残った騎士に対するものだけなのだ。
それから都の様子を観察し、留守居に任せて大丈夫だと判断すると、彼は国中の町や村へ御幸をすることにした。本来ならば先に前王の葬儀と新王の戴冠式をするのが通例ではあるが、セオデンを迎えに行くにはまた半月は国を空けることとなる。だが戴冠式などしていなくとも、エオメルが王であることには変わりない。ならば急いで先王を迎えに行くよりも、民の様子を見るのが先だと、エオメルは判断した。
先に向かったのは西エムネト一帯だった。西はとくに戦禍の激しい地域だったのだ。
被害はやはりアイゼンガルドのオークが通った一帯に集中していた。焦土と化した村々には、しかしすでに避難先から戻ってきた村人たちが、簡素なテントを当面の住処として復興に励んでいた。
どこでも手が足りず、やることは多かった。
家も畑もないが、ほとんどの家畜は失われずに済んだ。それだけはありがたかった。それに季節が初夏に向かっているのも良かった。少なくとも凍える心配はないのだから。
エオメルは半月かかってゆっくりと点在している集落を残らず訪れた。たいていの首長たちは、戦争に参加していたこともあり、エオメルの活躍は一つ残らず知っている。それを残っていた者たちに大いに吹聴していたので、どこへ行っても歓迎された。
また年寄りの中には、年若くして王になった彼をエオルの再来だと言い出すものもあった。そんな彼らにエオメルはただ、そうなれれば良いとだけ答えた。
ようやく西地域を見終え、あとは一度エドラスに戻るだけとなった時、エオメルはアイゼンの浅瀬に向かうと随員に告げた。
「あちらには集落はございませぬが」
随員の一人が困惑したように告げた。
「わかっている。だが、今を逃せば、当分行けそうにないからな。長くはかからぬ」
エオメルはそういうと火の足の腹を蹴り、馬を走らせた。随員たちはけげんそうに顔を見合わせながらも主の後をついていった。
御幸に出る数日前に、エオメルの元へ装飾職人が訪ねてきた。彼は王家からの注文をよく引き受けていており、昨年はセオドレドからの注文が頻繁にかかって、てんてこ舞いになっていたはずだ。
「久しぶりだな。そなたも無事に戻れてなによりだ」
執務室に通された職人は、礼をすると厳つい笑いを浮かべた。
「ええ。なんとか命の次に大事な右手もなくさずにすみましたよ」
エオメルは噴出した。
「それで、今日の用件は?生憎、まだ私はそなたに注文を出す余裕はないのだが…。セオドレド関係のことかな?」
表情を改めて問うと、職人は手にしていた木箱をエオメルに差し出した。
「その通りでございます。これは若君がわたくしに最後にされた注文の品でございます。西での合戦前にすでに出来上がっておりましたが、若君が不在がちでお渡しする事ままならず、かといってレオフォスト姫にお渡しするのもどうかと思い、そうこうしているうちに時間ばかりが過ぎてしまいました」
エオメルは無言のまま木箱を開けた。中には艶のある布が敷かれている。そっとめくると、金の指輪が輝きながら現れた。形は先日に持っているようにと強く申し付けたあの指輪に似ているが、指輪の周囲を縁取っているのは蔓草ではなく羽根のようだった。中央には緑の石が飾られている。
「今となってはセオドレド殿下にお渡しすることは叶いません。しかし潰してしまうのも忍びない。ここはエオメル王にご判断を委ねたく参上いたしました」
職人はじっと指輪を見つめているエオメルに遠慮がちに声をかけた。
エオメルはゆっくり顔を上げると、職人を見据える。
「どういった注文なのだ、これは」
セオドレドの注文ならば何か特別な意味が混じっているとしか思えない。しかし彼は特別な式典でもない限りは装飾品を身につけることはないのだ。しかしこの指輪は明らかに男物だ。
「ご存知なかったのですか?」
職人は驚いたように目を見張った。
「ああ。やはり、何か特別な意味があるのか?」
エオメルは頷いて話を促した。
「何でも婚儀の際に花婿と花嫁で指輪を交換する習慣がレオフォスト姫の故郷にあるのだそうで。姫君がそれをやりたいと望まれたのです。その羽根模様はレオフォスト姫の紋にするとおっしゃっておりました」
の紋…」
エオメルは指輪を握りしめた。ならばこれはセオドレド個人の持ち物であり、王家の財宝として納めさせるわけにもゆくまい。
だが、そこではたと気がついた。
はこの指輪のことを知っているのか?」
「はい。注文には姫君も立ち会っておりましたから」
エオメルは拳に顎を乗せて唸った。在りし日の婚約者たちの仲睦まじい様子が容易に想像できたのだ。だがその幸せな時間はあまりにも短すぎた。
エオメルはため息をつく。
「そういうことならば、これは私が引き取ろう」
「ありがとうございます」
職人は頭を下げた。
その指輪は御幸に出発して以来、ずっとエオメルの服の隠しにしまわれている。
(セオドレドが受け取るべき指輪なのだ。だからセオドレドに預けよう)
そう決心していた。感傷に流されていると指摘されれば否定することはできないが、それでもセオドレドは世継だったのだ。戦場で倒れさえしなければ、王の子として愛用品や送別の品とともに葬られていたはずだ。なのに彼の遺骸は雨が降れば水の底に沈む川の中州に埋められている。
(彼自身が望んだとはいえ、あまりにもやりきれない…)
だが、それは自分の責任だとエオメルは思った。
彼が自分の到着を待っていた頃、自分は目先のオークを狩りに飛び出していたのだ。館に留まっていれば、まだ間に合ったのかもしれない。だが実際は、エオメルは誰よりも遅く彼の死を知ったのだ。
あまりにも情けなくて自分の頭をぶち割りたいほどの思いがした。
アイゼン川の土手が見えてくると、エオメルは随員を制して一人だけで近付いていった。
川は前回の時とは違い、雪解けの水が川床一杯に流れている。火の足が水をはねる音で遠くの鳥が逃げ出してゆく。
土手は明るい色の芝草に覆われており、草の間からは可憐な野の花が顔を覗かせている。
だが、せせらぎに洗われた川のふちと中州の離れ小島は砂利や砂の灰色しか見えない。奥津城に咲く白い花も、このようなところには生えてはくれないのかとエオメルは暗い気持ちになった。
火の足から降りると、エオメルは黙々とセオドレドの塚に歩み寄った。
そこはすでに何度か水中に没したようで、盛り土が少し流されて平たくなりつつあった。墓標代わりの剣はまだしっかりと立っているが、刃の輝きは失せ、泥がこびりついている。
エオメルは淀んだ眼差しでそれを見つめたまま、じっと立ち尽くしていた。
(なぜ、彼が死んで自分が生きているのだろう)
過ぎたことに拘るのはエオメルの性分ではないのだが、今度ばかりはそうすることができなかった。失われたものはあまりにも大きい。
なるほど、新しい時代が来た。悪は滅び、世界は光を取り戻した。これからもっと光は力を増すだろう。
だが、なぜその喜びの中にあって、彼がその栄光をわかちあうことができないのだろう。
セオドレド。自分の従兄。世継の君として愛された彼が、どうしてこんなに寂しいところにいなければならないのか。
理不尽だ。
エオメルは我知らず唇を噛んでいた。脳裏には彼の生前の姿が鮮やかに甦ってくる。
初めて会った時には自分はまだ小さくて、すでに成人していたセオドレドがとても大きく見えたものだ。力強く、磊落で、騎士としては誰よりも優れていた。だが武に偏ることなく文にも通じ、民にも部下にも好かれていた。自分は彼のような男になりたいと願い、王となったセオドレドを補佐するのだとずっと思っていた。だが、それはもう叶わない。
徐々に苦いものが身体の内側に溢れてきた。
(もう少しで幸せになれたのに…)
悲嘆にくれる少女の姿が浮かんだ。思えば彼女も哀れな娘だ。
故国も身寄りも強制的に奪われて、見知らぬ土地に放り出された。それだけでも心の弱い者ならぼろぼろになっていただろうに、さらに彼女は国の中枢に関わる問題に巻き込まれて、命も狙われた。そして回避したと思ったのも束の間、恋した人を失った。
彼女の心情は自分などには思い描くことなどできそうにない。
エオメルはうな垂れて隠しから小さな巾着袋を取り出した。口を開けて指輪を摘む。
黄金は太陽の光を反射してさらに輝きを増し、緑の石の中に差し込んだ光は陽炎のようにゆらめいた。
しばし指輪を眺めてから剣の側に移動し、ゆっくりとそれを引き抜いていった。剣は土で固められてしまっていたが、難なく抜けた。
抜けた跡に指輪をそっと置く。湿った土の中で、黄金はぬめるような輝きを放っていた。
「セオドレド、すまない。私にはこれくらいしかあなたにして差し上げられない」
エオメルは再び剣を突き刺した。
小さな手ごたえを残して、指輪は地中に隠された。
「その指輪は王の指輪として、あなたに捧げる。彼女…の持つ王妃の指輪の対として。どうか、父祖の地にいるあなたの元に届かんことを…」
悲しみに張り裂けそうな衝動を堪えてやりすごすと、エオメルは踵を返した。
火の足にまたがり、川を渡る。土手を駆け上がり、浅瀬が見えなくなってもエオメルは振り返らなかった。











エドラスに戻ると、エオウィンとがそろって出迎えに出ていた。
だが二人とも、憤懣やるかたないという顔でエオメルを見上げている。
「お帰りなさいませ、兄上。…一体、どちらへ行っていらっしゃったのです?いくら平和を取り戻したといえど、まだ敵の残党は残っているのですよ。少数の共だけでふらふらするのは危のうございます。兄上はもう一介の騎士でないのですから、ご自愛くださいますようお願いいたします」
妹の口ぶりがあまりにも確信を帯びていたので、エオメルは面食らった。
「…確かに少し寄り道をしたが、どうしてそれを知っているのだ?」
ついと少女が一歩前に出た。彼女は相変わらず慎ましやかに灰色の服を着ている。
「つい先日、エルラダンとエルロヒアのご一族がお見えになったのですよ。はじめはただ通り過ぎるだけだと彼らは考えていたのですけど、ご父君であるエルロンド卿が、もしも陛下がお戻りになるようならご挨拶をしたいとおっしゃられて、公子たちを再び使者として館に遣わしましたの。早馬からは陛下が一昨日には戻るだろうと知らせを受けていたので、それならばとご招待申し上げたのですが…」
続きはエオウィンが引き取った。
「ですが、お兄様ときたら一向に戻っていらっしゃらないのですもの。早馬では埒があかないと思って、に鷲を飛ばしていただきましたの。だけどエルケンブランド卿は、兄上は予定通りに出発していると。これは何かあったのかと彼女に頼んで街道一帯を捜索していただいたのです。だけど、見つからなくて」
妹は兄を責めるような目で見た。
「それでも、ようやく午前中に陛下の一隊がこちらへ来るのが見えましたので、何事もなかったのだとわかりましたけれども」
は冷静に締めくくった。
エオメルは泡を食った。まさかエルフの一行が館に立ち寄るなど想像もできなかったのだ。
「それはすまないことをした。それで、彼らをちゃんと持て成したのか?」
「もちろんです」
エオウィンは腰に手を当てて憤慨した。
「これはの手柄です。レゴラス殿もそうでしたけど、エルラダン殿もエルロヒア殿も、がほとんどお世話申し上げたようなものですもの。というよりも、彼女だけが気後れせずにあの方たちとお話できたということですけど。お話の合間に、エルフの好むものなども聞いていたのでとても助かりましたわ。だけど主の不在という失礼だけは、わたくしたちにはどうしようもできませんでしたのよ」
「悪かった、エオウィン。…それで、彼らは?」
エオウィンの口調から察するに、エルフたちはもう出発してしまったのだろう。
まだいるのなら、さすがに気がついているはずだ。
「午前のうちに出発されました。せめてそれまでに間に合っていただければ良かったのに」
エオウィンが盛大に嘆いたので、は優しく肩を抱き、彼女を宥めた。
「大丈夫ですよ、陛下。エルロンド卿やガラドリエル妃もお気を悪くはしていませんでしたから。それに、今回は間に合いませんでしたけど、お帰りの時にもマークを通るに違いないのですから、その時にまたご招待申し上げれば良いでしょう」
「そ、そうか…」
エオメルはほっとすると同時に残念に思った。古のエルフを大勢見る機会などそうあるわけではない。結果として王としての務めをないがしろにしてしまったことよりも、彼らを近くで見れなかったことの方が心残りだった。の言うとおり、帰りにはぜひとも立ち寄ってもらわなければ。いや、もしかするとゴンドールで会うことができるかもしれない。
「それで、彼らはどのような方たちだったのだ?レゴラス殿と、公子どのたちとでは、どちらが似た雰囲気なのだ?」
それでも好奇心は抑えきれず、二人の姫君に興奮気味に尋ねた。二人は顔を見合わせると、ぱっと頬を染めた。
「すごかったわ」
は混じりけのない賛嘆の表情になった。
「星が降りてきたような感じがしました。誰もが朧気に輝いていたのですもの。それが何十人もいたのだから、とてつもない眺めになったの」
「レゴラス殿や公子方は、エルフの中では若い部類に入るのだそうですわ。だからまだあれほど屈託がないのだとか。古のエルフたちは、凝集した時間そのもののようでした。地上で起こる善き事も悪しき事も、喜びも悲しみも、すべて彼らの中にあるように思えましたわ」
エオウィンは彼らのことを思い出して、うっとりと告げた。
「ほほう…」
わかったようなわからないような説明に、エオメルはよくわからないなりに感心した。
しかし二人がふと苦笑いをしながら視線を交え、「でも…」とか「ええ」とか言い出したので首を傾げた。
「どうしたんだ?」
聞くと、は自嘲するように肩をすくめ、
「比べること自体が馬鹿馬鹿しいことだって、わかってはいるのですけど…」
エオウィンも同意するように何度も頷いた。
「彼らの美しさには、さすがに少し当てられてしまいましたわ。特にガラドリエル妃とアルウェン姫には…!」
そこまでいわれてエオメルはようやく思い出した。
「ガラドリエルというのは、もしかしてあのドウィモルデーネの?」
確か彼女はエルフ嫌いで有名なドワーフであるギムリが、最も美しいと絶賛していた女性のはずだ。
「ええ。そうです。あの方は公子方の祖母君に当たるのですわ
「それに、アルウェン姫はお二人の妹姫で、ようやくアラゴルン殿がかねてからの約束を果たしたので、結婚をするのですって」
「…んなっ!?」
エオメルは驚きの余り顎が外れそうなほどあんぐりと口を開けた。
「アラゴルン殿と結婚ということは、エルフの姫君がゴンドール王妃になると!?」
とエオウィンは、そういうことですねとあっさりと頷いた。
「約束というのは、何だ?」
「アラゴルン殿とアルウェン姫が婚約をした時に、エルロンド卿がおっしゃったのだそうです。ゴンドールとアルノールの両国を統べる王以上の人間でなければ彼女を花嫁にはできない、と。アラゴルン殿はその言葉通り両国の王となったので、晴れて花嫁を迎えることができるのですわ」
種族を超えた愛の物語に酔っているようにエオウィンは胸の前で両手を組んだ。
「それに、ご存知でした?アラゴルン殿のずっと前の祖先というのが、エルロンド卿のご兄弟なのですって。人とエルフに別れた二つの家系が、何千年も経って一つになるというのも、壮大な話だと思いません?」
は柔らかな笑みを浮かべている。
そんな二人の娘からは、失われた恋の傷跡を見つけることができなかった。少なくともエオメルには。
だがエオウィンは新しい恋をしているのだから、以前に愛していた人が幸福になると聞いても辛く感じることはないのだろうと思えても、が失恋の痛手から癒えているとはとても思えなかった。
彼女とて、時満つれば王国の妃として迎えられていたはずなのに、とエオメルは何度考えたかしれない思考の中に再び引きずり込まれた。をこのままにしておけない。亡き従兄に代わって、彼女を幸せにするのが自分の義務だとエオメルはやはりいつもと同じ結論に行き着くのだった。





それからエオメルは、数日エドラスで休んだ後、東地域への御幸へ出発した。
再び半月かかって視察を終える。アルドブルクからはエドラスへと住まいを移すエオメルのために、私物が黄金館に運び込まれていた。
そして緑が一層濃くなった七月に入ると、セオデンを迎えにゆくために召集を駆けられた壮麗な軍団が、ゴンドールへと向かって行った。






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