白鳥乙女と騎士軍団
振動が痛かった。
エオメルを先頭にローハンの騎士たちは全速力で馬を駆けさせる。
それはいいのだが、慣れない馬に横座りというのはずいぶんきついものだと、は気絶しそうになりながら思っていた。
心の中で溜息をつきながら空を見上げる。
朝にはまだ遠く、真っ暗な空に星が明るかった。
「そなた、どこの生まれだ?」
「え?は?何か言いました?」
話しかけられて、は頭を動かした。
はエオメルの前に座らせられて、弾みで落ちないように腰に腕を回されていた。
そのため、どうしても胸にすがりつくような体勢になってしまう。
エオメルと話をするために顔を上げると、身長差のせいで驚くほど息が近い。
「生まれはどこなのか、と聞いたんだ」
エオメルは少しかがんで言った。
「ガイアというところです。すごく遠いところにあるの」
「ガイア…聞いたことがないな。そんな遠いところから、何ゆえマークまで来ることとなったのだ?仲間を追って、というのは聞いた。そういうことではなく、本来の旅の目的は何だ?」
真上からの問いに、は困ったように眉を寄せた。
「申しわけありませんが、わたしの一存で話していいことではないのです。エドラスの隊と合流したら、ガンダルフに聞いてください。ああ、でも、わたしに限って言えば、元々彼らの旅とは無関係だったんです。わたしは迷子なんですから」
「迷子?」
「そうです。わたし、気付いたらどこだかよくわからないところにいたんです。それで姿を変えて辺りの様子を探っていたんです。でも全然人気がなくて…。あっちこっち飛び回っていたらクリバインに追いかけられたんです。無我夢中で逃げたんですけど、追いつかれて襲われてしまって。それで、死に物狂いで逃げたんですけど、力尽きてしまって、そのところをたまたまレゴラスが見たらしくて、わざわざ探して、助けてくれたんです」
「レゴラス…エルフ殿か」
「彼は命の恩人なんですよ」
は小さく笑った。
「レゴラスに拾われた場所というのが、霧ふり山脈のエレギオンというところで、あの辺りって、集落がまるでないんだそうですね。それでどこかちゃんと治療できるところに行くまで同行させてもらったんです。10日くらいでロスロリアンにつきました。わたしの怪我は肩から腕にかけて結構ひどくて、痕が残るんだろうなって思ってたんですけど、ガラドリエルの奥方様のおかげで全然残らなかったんですよ」
の嬉しそうな声に、エオメルは複雑な表情になった。
「わざわざエルフの力を借りなくとも、そなたは魔女だろう、自分でできなかったのか?」
年頃の、それもエオメルの目から見ても十分可愛いらしい娘が、身体に傷が残らなかったことを喜ぶ気持ちはわからなくもないが、ロスロリアンに対して良い感情を持っていないエオメルにしてみれば、あまり理解できないことだった。
エルフの魔女の手を借りるくらいならば、遠くともエドラスを目指す。助からなかったらそれまでだ。
エオメルだけではなくロヒアリムであれば誰もがそういうだろう。
「できないから10日も痛いのを我慢したんじゃないですか。大体、エオメル様はガンダルフを信用しているんでしょう?今は違うけど、以前はサルマンを味方だと思っていたんですよね?なんで魔法使いがよくて魔女だと駄目なんですか?!確かにロスロリアンは外からの訪問者を拒む傾向があるみたいだけど、それが理由なのだとしたら莫迦げているわ。殿も奥方様も他のエルフたちもいい方々だったわよ」
知りもしないくせにと憤慨する少女に、エオメルは驚いたように見下ろした。
気まずい沈黙が流れた。
もっとも、気まずいと思っているのはエオメルだけで、のほうはすっかり膨れてしまっていたのだが。
そもそもお互い初対面の印象が良くなかった。
エオメルから見ればはローハンに無断で侵入した一行の一人であり、得体の知れない魔女だった。身体が密着する相乗りは、そういう意味では絶対避けたいことだった。もしもこれが罠だったら寝首をかかれることにもなりかねないのだから。しかし嘘だと決め付けることもできかねた。彼女の言い分はまっとうであり、終始真摯であったのだから。
からすれば、エオメルたちに仲間を殺されそうになったというわだかまりがあった。結果的にメリーとピピンは無事だったが、これは彼らが2人を殺さなかったからというわけではなく、いくつかの偶然が重なったせいにすぎない。今だって翼を封じられ、飛ぶよりもはるかに負担がかかるやりかたで運ばれている。ローハンの事情を知ったため、彼らを責める気はないが、それにしてもこの体勢はきつい。
「エオメル様」
東の空が薄闇色に変わる頃、はふいに真剣な色を帯びた声でエオメルに寄りかかってきた。
彼女は片方の目を細くし、もう片方の目で遠くを見ているようだった。
「どうした?」
「もうじき鷲がエドラスに到着します」
「紙で作っていた、あれか?」
「ええ。それで、お願いがあるんです」
見上げるの双眸に映る景色がそれぞれ違うことに気がついて、エオメルは息を飲んだ。
片方にはエオメルが映っている。もう片方はざわざわと動く何かが映っていた。よく見ようと思わず顔を近づけると嫌がるようには身を引いた。
「すまない。…今のはなんだ?」
「鷲が見ている景色です。詳しい説明は後で。とにかくわたし、これから意識を飛ばしますのでその間落ちないように支えていてください。しばらくしたら戻りますので」
「は?あ、おいっ!!」
「お願いしますね」
はエオメルに一瞬強く抱きついた。慌てたエオメルはつい両手を離してしまった。
一気に力が抜けてゆく少女を受け止め、落ちないようにしっかり支えた。
「おい、!?おいっ!どうしたんだ!?」
ぐったりとしたからは何の反応もなかった。心なしか顔色も悪く見える。
大声で馬を止めるよう指示を出した。
を抱えたまま馬から降り、様子を良く見ようと草の上に横たえる。
「どうなさいましたエオメル様。その娘、自決でも?」
「わからん。息はある」
エオメルはの鼻に手をかざした。
全く訳がわからなかった。気絶するまで具合が悪いのを黙っていたのだろうか。だからしばらくすれば戻るなどと言ったのだろうか。
それとも先ほど見たように、何かの魔法でこうなったのか。
判断はつかなかったが、この息の仕方はまずいと思った。
ゆっくりしすぎていて、浅い。
死に行くものの多くが、こんな呼吸の仕方をするのだ。
「気付けを」
背後の騎士に命じて気付け薬をもってこさせた。
エオメルは薬の入っている皮袋の栓を抜き、少女の口元にもっていった。
東の空がわずかに明るくなり始めた頃、エドラスの城門前にはアイゼンガルドへ向かう兵が槍を立てて並んでいた。
しかしその数は正規の騎士以外を含めても百いるかどうかという少ないものだった。
がエオメルを見つけ出せるかどうかが勝敗の鍵となるのは間違いなかった。
鎧や鎖帷子、兜や盾で武装している騎士たちのなかで、旅装束の上に肩当てを付けただけという軽装のレゴラスは、晴れやかな目で北のほうを眺めていた。
セオデンとガンダルフ、アラゴルンはまだ館の前にいた。
アイゼンガルドの戦いに参加しないものたち、つまりは女や子どもや、病人や老人はエドラスより南にある馬鍬砦に避難することとなったのだ。彼らを率いるのはエオウィンの役目になった。
夜明けは近いが、美しい白鳥は未だ姿が見えなかった。
エオメルを見つけられないのか、それとも彼女に何かあったのか。
悪い方へ考えが向きそうになるが、それを押しとどめているのは他ならぬ彼女がレゴラスにかけた術のせいだった。
どれだけ遠く離れていても、どの位離れているか、どの方向にいるかわかる繋ぎの術。
はじめはなんともなかったそれが、時間と共にだんだん存在を主張するようになってきたのだ。
周囲の空気がふわりとレゴラスを抱きしめているような感覚がする。
目に映るわけでもなく、動きを妨げるわけでもない。ただ漠然とした確信として、「がここにいる」と思うのだ。
これが「繋がる」ということならば、この術は解きたくないと本気で思った。
(だけど、それで心配事が減るわけではないんだよね。彼女がどういう状況に置かれているのか、まるでわからないもの。ローハンの人間は魔女をよく思っていないみたいだし。エオメルにいじめられていなければいいんだけど…)
そんなことをつらつらと考えていると、遠くを見通すエルフの目に、エドラスに向かう黒い点が見えてきた。
「…あれ?」
「どうしたんだね、レゴラス」
出発準備はとっくに済んで少々手持ち無沙汰にしていたギムリは斧を肩に担いで友人のエルフを見上げた。
「鷲が来るよ。ギムリ。ずいぶん小さい。生まれてから一年もたっていないんじゃないかな」
「鷲だって?」
「まっすぐこっちにくる。ずいぶん急いで飛んでいるようだ。どうしたんだろう」
「ガンダルフに教えた方がよくないかね」
「そうだね」
レゴラスとギムリは連れ立って階段を上ると、ちょうどセオデンがガンダルフとアラゴルンを伴って降りてくるところだった。
セオデンはレゴラスの前で立ち止まる。
「白鳥の乙女はまだ戻らぬか」
「ええ。ですが鷲がこちらに向かってきています」
「鷲とな?」
ガンダルフの眉がピクリと動いた。
「それもずいぶん若いワシのようなんです。だって、よりも小さいんですよ。そんな子がわざわざ霧ふり山脈から飛んでくるなんて、おかしいです。なにかあったとしか思えません」
ガンダルフは空を見上げた。徐々に薄れてゆく闇の中、北の空にぽつんと小さく影が見える。
「もうしばしかかりそうじゃな。あの鷲が我らになにか便りをもたらすとしても、まずは一同城より出でることにしよう」
飛蔭に乗ったガンダルフと雪の鬣に乗ったセオデンが先頭に立ち、ローハンの軍勢は出発した。
それから半刻もしないうちに朝の最初の光が差し、その頃には鷲は軍勢の上空に追いついてきた。
《ただいま戻りました〜!!》
急降下した鷲は高く澄んだ少女の声を発した。
「…!?」
驚きの声をあげたのはレゴラスだけではなかった。
「どうしたんだ、。その姿は?」
「今度は鷲になったのか!?」
アラゴルンとギムリが同時に口を開く。
白鳥の時のは鳥の声しか発せないため、レゴラスとしか会話ができないのだが、鷲ははっきりとの声で言葉を発した。
鳥が口をきいたということでロヒアリムからもどよめきが上がる。
「お前さんの魔法は変わったものばかりじゃのう。じゃがそのように魂を飛ばすのは危険じゃ。一体何があった」
《平気です。ガイアではよく使っていた術ですから。さすがに環境が違うから負担がかかっているみたいだけど、この状態でいるのはご報告をする時だけにしますから》
鷲はガンダルフの斜め上を併走するように翼を動かす。
いかつい顔の鷲のくちばしから少女の声がすることにくらくらしながらも、レゴラスはアロドを飛蔭の隣に進めた。そして肩当てを指差すと小さな鷲に向かって手招きした。
《・・・レゴラス、もしかしてそれ、このためだけに…?》
「そうしなきゃ駄目って言ったのはじゃないか」
《そうだけど・・・たしかにそうだけど・・・あなたって・・・》
鷲のくちばしから疲れたような声がしたが、彼女は観念したように黙ってレゴラスの肩当てに着地した。
《それで、えーと、そうそう、エオメル様でしたね。エオメル様とは合流できました。今アイゼンガルドに向かって引き返しているところです。ただ、エオメル様は王の書簡をあんまり信用してくださらなかったんです。それというのもエオメル様が追放されたときに、グリマが王の署名入りの命令書を出したそうなので。わたしが書簡を持っていったのも悪かったみたいです。何しろわたし、これですから。ものすごく疑われてしまいました》
鷲は肩をすくめるようにパサリと翼を軽く開いた。
「そうか・・・そのことならばおぼろげながら覚えている。はじまりがいつだったかは今では覚えてはおらぬが、しかしあるときから日毎夜毎にわしは恐れを抱くようになっていった。手は剣を握れなくなり、老いがわしの足を椅子に縛りつけた。グリマが始終わしの側に控え、わしには奴の繰言しか聞こえなくなった。頭には晴れない霧がいつもかかり、昼も夜もわからぬ。そのような状態のわしからならば、署名を書かせることなど造作もないだろう。…エオメルはこちらに向かっておるのだな?白鳥の、いや、小さな鷲の乙女よ」
セオデンがガンダルフの向こうから悔恨の入り混じった声でレゴラスの肩の鷲に目をやった。
《はい、それは間違いなく。エオメル様を見つけた場所も、王が推測なさったところからそうずれてはいないようでしたし、このまま恙無く行軍となれば、予定通りに合流できましょう》
「そうか…。そなたには感謝する」
セオデンの目には紛れもない好意の色があった。
《いいえ、その言葉はわたしたちが再び皆様方にお会いする時までお取り置きください。ガンダルフは気付いているみたいですけど、この鷲はわたし自身ではありません。ここの様子がはっきりわかりますし、話をすることもできますけど、わたし自身はエオメル様のところにいるのです》
「それって、どういうこと!?」
レゴラスは眉間にしわを寄せて横を向く。
《この鷲はわたしじゃないし本当の生き物でもないのよ。エオメル様、わたしがアイゼンガルド側の魔女かもしれないって思っているみたいで、一緒にこなければ信用しないって言われちゃったから。でもこんな切羽詰った時に報告も何もなしじゃ困るでしょう。だから、とにかく話だけでもできるようにしないといけないと思って》
「だが、おまえ自身はエオメルのところにいると?それでどうしてこうして話ができるんだ」
セオデンの向こうからはアラゴルンが身を乗り出してきた。
《この鷲は紙でできているの。だから命はないわ。わたしの力でこの形を作って飛ばしたの。中身が空っぽだから、何もしなければわたしが組み込んだ動きしかできないんだけど、今こうして話ができるのは、わたしが魂を飛ばして鷲の中に入っているからなの。ガイアではわたし、この術使いながら身体のほうもちゃんと動かすこともできるんだけど、やっぱりこっちだとそこまではできないみたい。身体のほうが仮死状態になっちゃて》
「大変じゃないか!落ちたらいくらでも死ぬ…!」
悲鳴を上げるレゴラスに、は呆れたように叫んだ。
《いくらなんでも鳥の姿のままで魂飛ばしたりするわけがないじゃない!そもそも飛ぶこと自体禁止されてるのよ》
「じゃあ、馬に乗ってるの?」
《そうよ?》
「でも、は馬は苦手なんでしょう?」
《そうよ。そうエオメル様にも言ったけど、だったら前に乗れって》
「エオメルと一緒に乗ってるの?」
《うん》
「ずるい〜!わたしだってと相乗りしたいのに!ミスランディアが絶対駄目っていうから我慢したのに!」
《レ、レゴラス…》
「先を越された〜!」
本気で口惜しいらしく、レゴラスの目の端には涙がにじんでいた。
アロドの上で駄々っ子のように叫ぶエルフに、セオデンは思わず呟いた。
「なんというか…エルフとは意外に子どもじみたところがあるのだな」
「王よ、エルフがみんなあんな感じだとは思わないで頂きたい」
アラゴルンが遠くを見ながらセオデンが誤解する前に訂正をいれた。
はセオデン、ガンダルフと二、三のやりとりのあと身体に戻った。
残された鷲は途端に生き物としての精彩を欠き、少女の言葉どおり「人形」であることが強調される動き方になった。
あたりを偵察するように機械的に飛ぶ鷲を、レゴラスは恨めしそうに見上げる。
エルフの後ろでドワーフがこっそり溜息をついた。
「…っにがっ!なに、これ…まっずう〜!!」
ぱちっと目を開けたは、反射的に口の中の液体を吐き出した。
そのままむせていると優しく背中を叩く手があった。苦しくて目尻に涙が浮かぶ。
「何をするんですか!?」
は皮袋を握っているエオメルに食って掛かった。
「何を、とは。そなたが急に意識を失ったから気付けを飲ませただけだ。それだけ元気なら大丈夫だな」
食って掛かられて、エオメルは憮然とした様子で立ち上がった。
「急に意識を失ってって…しばらくしたら戻るからその間支えていてくださるようにお願いしたはずですけど。どうして気付けなんか飲ませるんです?」
も解せないといった表情で立ち上がる。
「具合が悪かったのだろう?」
「いいえ?」
お互い顔を見合わせながら首をかしげる。
「馬に酔ったか魔法を使いすぎたかなにかで、気絶しそうだということではなかったのか?」
「もしかして「意識を飛ばすから」って言ったことですか?それでしたら言葉どおりです。わたし、さっきまで魂だけエドラス隊のところに行ってましたから…」
沈黙が流れた。エオメルは顔を覆って深く息を吐く。
「紛らわしい…」
「わたしとしては、あの話の流れでわかってもらえなかったことが不思議なんですけど。でも、まあ、こんなこともあるんでしょうね。合流するまで今後も定期的に飛びますから、次からは戻るまで放って置いてくださると助かりますわ」
あの気付け薬はこりごりと、肩をすくめたはふと振り向いた。
を寝かせるための空間を空けたその後ろにはローハンの騎士がずらりと並んでいた。
さらに後ろの者たちは馬から降りてはいないようだったが、その光景を見たの顔からはさっと血の気が失せていった。
「ご、ごめんなさいエオメル様!行軍を止めてしまったんですね!皆さま、お騒がせしてしまって申し訳ありません!」
エオメルと騎士たちそれぞれに深々と腰をかがめて詫びる。
急がなければならないというのに、騎士たちの行動を妨げてどうするのかと、は自己嫌悪に陥りながらよろよろと火の足のところに戻った。
驚き慌てた表情と、その後の落胆振りが妙におかしくて、エオメルは噴出しそうになった。
「まあ、そう気にやむな。どのみちそろそろ馬を休めたいと思っていたところだ。日も昇ったことでもあるし、休憩にしよう。一刻後、再出発する。そなたも休め」
エオメルは苦笑しながらの頭を軽くかき回すと再度大声で指示を出した。
二人の周りには護衛らしい騎士たちが取り囲み、それ以外の騎士たちは離れすぎない程度に思い思いに散っていった。
大勢の騎士が馬の世話をするのを珍しそうに眺めながら、は食事をとった。
それが済むと今度はエオメルを初めとする主だった騎士たちと、エドラス隊との間でのやりとりを報告し、今後の道程を修正した。
それらが終わると出発準備にとりかかる。
自分の馬のところに戻ってゆく騎士の1人が立ち止まり、感嘆したようにに向かって頭を下げた。
「白鳥の乙女よ。私はあなたが伝承にも伝えられぬ遠き地からの来訪者、人の娘だと思っていましたが、どうやらそれは間違いだったようですね。あなたはガンダルフのような女の魔法使いであられるのだろう。魔法使いは姿を好きなように変えることができるとか。そのようなお可愛らしい姿にすっかりだまされましたよ」
はきょとんとしたが、次にはくすくすと笑い出した。
「ガンダルフのような、というのは光栄だけど、わたしは間違いなく人間よ。姿だってあの鳥にしか変えられないし。ええと…」
「申し遅れました。私はエオサインと申します。しかし、それはいささか信じがたいことです。それではあなたのお国では、あなたのように年若い娘も政の中枢におられる方々のように考え、発言し、実行されるのですか?」
は考え込むように頬に手を当てると、ゆっくり言葉を選んだ。
「わたしの見かけが子どもっぽいことをおっしゃっているのかしら?そうでしたら、ただ単に童顔なだけです。少々特殊な育てられ方をしたのは確かですけど、わたしは今年で19になりますもの。若すぎるということはないでしょう?」
「・・・19?」
エオサインはぽかんと口を開けた。
「19だと?」
後ろからの声には振り返った。火の足の手綱を取ったエオメルがやはりあんぐりと口を開けて呆然と立ち尽くしていた。
「19だと?」
エオメルはまた呟くとまじまじとをみつめた。
周囲からもじろじろ眺められて、は居心地が悪くなった。
「その驚きは想像よりも若いからなのか、年取ってるからなのか、どっちなのかしらね」
ふ、と少女は疲れたように笑った。
「いや、それはもちろん…あー、その、アラゴルン殿はそなたを人間だと紹介したので、私はずいぶん年若い娘だと思ったのだが…いや、でも魔法使いなのだから見かけと実年齢が一致しなくても当然かもしれないとも思ったような…ともかく、そなた人間なのだな?」
すっかり混乱したエオメルはしどろもどろになった。
「人間です」
「本当に19なのだな?」
「嘘偽りなく19です」
立て続けの質問に、はなんだか物悲しくなってきた。
異なる世界の生まれであることを説明するとなると、さらなる誤解と混乱を招いてしまうだろう。
そう判断して異世界から来たことは伏せていたが、アラゴルンとボロミア以外に初めて会った人間の集団に、ここまで人として認識されていなかったという現実は彼女を落胆させるのに十分だった。
彼らに悪気がないのがわかるだけに、腹も立てられない。
「そうか・・・」
「納得いただけましたか?」
「ああ。とりあえずは」
妙に感心したような物言いに、はがっくりと肩を落としたのだった。
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