消去法で、セオデン王に乗せていただくことにしました…。










北の国から









ガンダルフがピピンを伴って出発してから、が危惧していた通りのことが起こった。
つまり、「誰がと二人乗りになるか」ということについて静かな攻防戦が繰り広げられたのだった。
この場にいる馬を操れない者はメリーとギムリ、の三人。彼らは誰かに乗せてもらうしかないわけなのだが、旅の仲間同士で組み合わせるにしても残っているのはアラゴルンとレゴラスのみ。飛蔭以外の馬では三人乗りなどそうそうできるものではなく、最低でも一人はローハンの騎士の馬に乗せてもらわねばならなかった。そしてその「誰か」として一番歓迎されるだろう存在が自分であることを、はごまかしようもなくわかっていた。
やはりというか、まず名乗りを上げたのはレゴラスとエオメルだった。
いくら友人としてこれからも付き合うとはいっても、振ったばかりの相手と密着というのはとしてもできるものではない。よってエオメルという選択は真っ先になくなった。かといってレゴラスにもできなかった。
なぜなら角笛城の合戦前後から、彼がそばにいると胸がざわめいてしまうようになったからだ。
精一杯平静を保ってきたが、サウロンと対峙した直後ではどこまでそれができるのか怪しいものだった。
困り果てていたに、アラゴルンがメリーをエオメルに頼んで自分とハスフェルに乗るかと誘ったのだが、彼はが一瞬目を放した後になぜか腹を押さえて苦しんでいた。そしてやはり自分はメリーを乗せるからといって、今のはなかったことにされた。
―その原因をギャムリングは見た。
レゴラスが思い切りよくアラゴルンの鳩尾に肘鉄を喰らわせたところを。
エオメルが駄目、レゴラスが駄目、アラゴルンに断られたとなると、後は自分しか残っていないだろう。セオデンはそう言うと、さっさと少女の手を引いて、愛馬の鞍の上に乗せてしまった。


王の一行は夜の闇に紛れて馬を走らせる。
アイゼンの浅瀬を通り過ぎたところで、しんがりを務めていた騎士が駆け寄ってきた。
「殿、われらの背後に騎馬の一行がおります。間違いありません。懸命に馬を走らせておりますから、もうじきわれらに追いつくでありましょう」
セオデンは直ちに休止を命じると騎士たちは馬首をめぐらし、槍を構えた。
アラゴルンは馬から降り、メリーを地面に下ろし、王の鐙の横に立つ。を下ろし、メリーとともに後ろにいるよう指示した。
ひとつ頷いては言われたとおりに動く。
雲に隠れていた月が覆いから顔を出す。
端が欠けた月はあたりに影をつくるほど煌々と光を放った。
蹄の音が聞こえてきた。
それは徐々に騎馬の黒っぽい影とともに大きくなってゆく。
月光を受けて槍の穂先が煌めいていた。
「止まれ!止まれ!ローハンに馬を進める者は誰だ?」
五十歩まで彼らが近づいたときに、エオメルは大声で叫んだ。
追跡者たちは馬を止め、うち一人が馬から降りると、害意のない印として片方の掌を外に向け、ゆっくりと歩み寄ってきた。
影になっていて見えないが、堂々たる体躯の男であることが見て取れる。
「ローハンと言われましたか?これは嬉しい言葉だ。われわれは遙かな地より、急ぎその国を求めてまいったのです」
男の声が朗々と響いた。
「あなたがたはもうその国を見出された。かしこにある浅瀬を横断された時、もうその国に入られたわけだが。しかしこれはセオデン王の国土であり、何人といえど、王の許しがなければここに馬を進めることはできぬ。あなた方は何者であり、また何のために急いでおられるのか?」
エオメルがさらに叫んだ。
騎士に混じって馬上で待機していたレゴラスは、秀麗な眉を一瞬ひそめ、すぐに小さく微笑を浮かべた。
戦いになるのなら降りたいと、小声でせっついていたギムリをちょっと振り返って囁く。
「大丈夫だ。敵じゃない」
その時男は叫んだ。
「私はドゥナダンのハルバラド。北の国の野伏です」
「ハルバラド!」
アラゴルンは喜びの声をあげてハルバラドに駆け寄った。
再会の抱擁を交わすと、アラゴルンはセオデンに振り返る。
「ここにいるのは私の住んでいた遠い国から馳せ参じた身内の者たちです」
続いてハルバラドが口を開く。
「私は急遽呼び集めた一族の者三十人を同行してきました。そして裂け谷のエルラダン、エルロヒアのご兄弟が戦いに赴くことを望まれて、われらと共においでになりました。アラゴルン殿からの召集があった時、われらはあらん限りの速さで馬を走らせたのです」
「私が召集を?いいや、私はかけてはいない。来てほしいとは思っていたが」
アラゴルンは訝しげに眉を寄せた。
「たとえそうだとしても」
涼やかな声が響く。ドゥネダインの一行の中で、ハルバラドの馬の手綱を預かっていた者ともう一人がゆっくり馬を進めてきた。フード付きのマントを着た体躯は、ハルバラドに比べてずいぶんとほっそりとしていた。
「私たちは来た。それでいいじゃないか」
二人の男たちはフードを下ろす。月光に照らし出されるその顔は、同じように輝きをまとい、同じように美しく、作りはまったく同じだった。
「エルラダン、エルロヒア。わが兄上方、よく来てくださいました」
アラゴルンは黒髪のエルフたちに礼をして迎える。
二人のエルフはそれぞれ細長いものを手にしていた。
馬から降りるとエルロヒアが、
「父からの預かり物と伝言を携えてきたよ。まずはこれを」
と、剣を差し出した。
「これは…」
「アンドゥリル。西方の焔だ。折れたる剣、ナルシルを鍛え直した。君の剣だ、エステル」
アラゴルンは剣を受け取ると抜き放った。エルフの文字を刻んだ剣身は、月光を浴びて輝く。
「そして父からの伝言はこうだ。『時は迫れり、容易ならぬ危険が南からゴンドールを襲おうとしている。死者の道を忘るなかれ』」
アラゴルンはエルロヒアの顔をじっと見詰める。
「そういたしましょう」
次にエルラダンが前に進み出た。
「私は妹からの預かり物と伝言を君に届けよう。妹はこれを秘密裡に作ったのだ。君に伝える言葉はこうだ。『今や時は迫れり。われらの望みは成就せんか、すべての望みが潰えんか。ゆえにわれ汝に送る、汝のためにわが作りしものを。恙なく行きたまえ、エルフの石よ』」
エルラダンが手にしていたのは黒い布でしっかりと巻いてある丈高い棒だった。
「それで中身がなにかわかりました。ありがたく受け取りましょう」
アラゴルンはアンドゥリルを剣帯に吊るし、黒布の棒を受け取った。
では、出発を、と言おうとしたアラゴルンの肩を、エルラダンとエルロヒアはがっしりつかんだ。
「ど、どうしました?」
「白鳥の乙女はどこ?」
「置いてきたの?」
期待と好奇心に目を輝かせる美しい双子のエルフに、アラゴルンは思わず天を仰ぎそうになった。
「…ロスロリアンに寄られたのですね」
他のどこで彼らがのことを知ることができるというのだ。
人間の血が混じっている裂け谷の公子たちは、他のエルフに比べれば外への興味を強くもっていた。その彼らがに興味を持たないはずはない。
。来てくれないか」
隠す必要があるわけではないが、どうにも気が進まなかった。
騒ぎになるのが目に見えたからだ。が、性格を知り尽くしている兄二人に逆らえるはずもない。
アラゴルンは仕方なくを呼び寄せた。

呼ばれたは馬の間をすり抜けて小走りで前に進み出た。
「うわあ、小さい!」
「こんなに子供だったんだ!」
双子はを目にすると開口一番にそう叫んだ。
「でも、とってもかわいい!よろしく、私は裂け谷のエルロンドの息子でエルラダンだ」
「同じく、エルロヒアだよ。君に会えるのを楽しみにしていたんだ」
「あ、あの、です。はじめまして。ロスロリアンの奥方様にはアルフィエルと名づけられてます。お好きなほうでお呼びください」
はにこにこと笑いながらにじり寄ってくる双子のエルフに思わずひるんだ。
遠慮もなくじろじろと眺め回されて居心地悪いことこの上ない。アラゴルンにどうすればいいのかと目で訴えた。アラゴルンからの答えは、「すまない、少し我慢してくれ」だった。
「ロスロリアンで君の話をたくさん聞いたよ」
「そのローブだね。白鳥に姿を変えるというのは。ねえ、ちょっと変身してみてくれない?」
「いえ、でも、今は…」
「どんな子なのかなって、思っていたんだ。私たちの祖母は海の王ウルモに白鳥の姿に変えられていてね、他にも同じような女の子がいるだなんて信じられなかったもの」
「お二人の、祖母君、ですか?」
「そう。父方の祖母でエルウイングというんだ。私たちは会ったことはないんだけど」
「エルウイング…様。その名前、聞き覚えがあります。どこでだったかな…」
「私たちがはじめて会った日だな。白鳥の乙女は私たちもエルウイング様しか聞いたことがなかったから、私もレゴラスも勘違いをしたなあ」
アラゴルンが懐かしむようにしみじみと答えた。
「それにしても意外だったよな、エルロヒア。わが友人の石頭殿の心を動かしたのが、ずいぶん幼い外見の方なんだもの」
「そうそう。君がいなくなってから、ハルディアはずいぶん落ち込んでいたんだそうだよ」
「…申し訳ありません。わたし、彼には本当にひどいことを言ってしまいました。絶対、彼にはできないことを留まることとの引き換えに要求したんです」
「気にしない、気にしない。大丈夫。ハルディアはもう元気にオークに八つ当たりしてるから」
「むしろ、危険の中に身をおいている君のことを心配していたよ」
「エルラダン、エルロヒア!」
いつまでも話をやめない双子たちに業を煮やしたレゴラスは、アロドに跨ったまま彼らに近づいていった。
「やあ、レゴラス。久しぶり」
エルロヒアは軽く手を振った。
「ギムリ殿も、お元気そうでなによりです」
エルラダンはエルフ式の優雅な挨拶をする。
「まったく、二人とも。私たちは急いで角笛城に戻らなくてはならないんですよ。さあ、さあ、馬に戻って。セオデン王の許しがあれば共に馬を進めようじゃないか」
「ああ。それはすまなかった」
「それでは戻ろうか、ハルバラド。アルフィエル、またあとで話をしてくださいね」
憤慨するレゴラスに、二人は少しも悪びれずに答えた。




東の空が白みかける頃、角笛城に着いた。
昨晩はほとんど休みを取っていないので、しばらく横になってから話し合いをすることになった。
十分とは言えなかったが、今度こそはゆっくり休むことができた。
昼前には起きだし、メリーを伴って過日の合戦の場所を見て回った。
あちらこちらと歩いたが、ただでさえ目立つエルフとドワーフと少女に加えて、初めて見る小さい人がいたために、行き逢う人々は皆目を丸くしたりひそひそ話をするのだった。
メリーはそのせいで少し塞いだ気分になってしまった。
親友のピピンがいないせいもあったが、それよりも自分がお荷物でしかないと感じたからだ。
はまともな戦力としては期待されていないという点ではメリーと一緒ではあるのだが、ロヒアリムたちから寄せられる信頼と愛情は、この地の高名な武将、勇猛な騎士たちとも並ぶほどなのだろうと思われた。彼らからかけられる声のほとんどは彼女に向けてのもので、彼女もにこやかに受け答えをしていた。
剣を振るう力がなくても、はそこにいるだけで戦士に力を与えるのだろう。
それはそれで一つの力なのだ。
それに引き換え、自分はこれまで何をしただろうか。
大きい人たちに抱えられ、オークにさらわれ、さらにはエントの肩の上。
それに、木の鬚を動かしたのはピピンだ。
自分は何もしていない。
「アラゴルンはどこにいるの?」
メリーが訪ねると、レゴラスが答えた。
「城内の高い部屋だ。彼は休んでいないんじゃないかな。考え事をしなければならないと言って、何時間か前にそこに上がっていったよ。一緒に行ったのはハルバラドだけだ」
「あの新しく来た人たちは何のためにきたの?」
今度はギムリが答える。
「あんたも聞いたように、あの人たちは呼び出しに答えたんだ。裂け谷に伝言がきたと言う話だ。でもこの伝言がどこから寄越されたのか彼らは不審に思っているようだよ。ガンダルフが寄越したのだと、わたしは思いたいね」
「いいや、ガラドリエル様だろう」
レゴラスはあごに手を当てて考え込むようにいった。
「あの方はミスランディアの口を通して、北から灰色の一行が馬を進めてくると話されたんじゃなかったかな?」
「そうだ、あんたの言う通り!」
ギムリの表情が明るくなった。
「森の奥方だ!あの方は多くの心や望みをお読みになる。なぜわれわれも自分たちの一族に来てほしいと願わなかったんだろうね、レゴラス?」
見あげるギムリからついと顔をそらし、レゴラスは晴れやかな目を北東に向けた。
美しい顔には気がかりな表情が浮かんでいる。
「そうだね。でも…誰も来ないだろうと思う」

4人が昼食をとりに広間へ行くとセオデンはすでに席についていた。
とメリーに隣に座るように命じる。
アラゴルンとハルバラドの席は空いていた。
「ここはエドラスのわが美しき館にはほとんど似ておらぬ。予の望んでいるようにはゆかぬが、今は、さあ、さあ、食べて飲んでくれ。そして話せる間、一緒に話そうではないか」
話をしながらの食事は和やかなものとなった。
その最中、セオデンがに問う。
・アルフィエルよ。そなたはわれらと共に馬鍬砦へ行ったのちも、先に進むつもりなのかね?東に向かって、影近きゴンドールに向かって」
「ええ、陛下。もちろんです。…あの、もしかして、お止めになるおつもりですか?」
当たり前のように答える少女にセオデンは苦笑した。
「予としてはエオウィンと共に馬鍬砦にいていただきたいと思っておるが、いやいや、止めぬぞ。そなたがそなたの意思で留まろうとせぬ限りはな。そなたには果たすべき誓いがあるのだし、そなたの主にさえ止められなかったものを、いかにして止めることができよう。だが、彼の地はマークよりもさらに暗闇が濃い。それだけは忘れるでないぞ」
「はい」
は表情を固くして頷いた。
「メリアドクよ、そなたは予と一緒に行くのだよ」
「よろしいのでしょうか?そうだと素晴らしいのですが」
メリーは驚き、そして喜んだ。
「僕はただ皆さんのお邪魔になるだけではないかと存じますが…。けれど、僕にできますことなら何でもさせていただきたいんです。本当に」
必死に答えるメリーに、セオデンは鷹揚に頷いた。
「それに疑いは持たぬ。そなたのために山歩きに強いよい子馬を用意させておいた。というのも予はこの城を出てから、平野部ではなく山道を通って行くつもりだからだ。そうしてエオウィンが待っている馬鍬砦を経てエドラスに戻るのだ。もしよければ、そなたを予の小姓にいたそう。エオメルよ、ここには予の刀持ちが使えるような武具はあるか?」
エオメルは首を振った。
「ここには武器甲冑の備蓄はたいしてございませぬ。彼に合うような軽い兜なら多分見つかるかもしれませぬが、彼くらいの背丈に合う鎧や剣はございませぬ」
「剣なら持っております」
メリーはそういうと、椅子から降りて鞘から剣を抜き放ちました。不意にメリーはこの老人への愛情に胸が一杯になって、片膝をつき、王の手をとってキスしました。
「セオデン王、殿のお膝にホビット庄のメリアドクの剣をおかせていただけましょうか?御意にかなえば、わが身命のご奉公をお受けくださいまし!」
「喜んで受けるぞ」
王はそういうと、両手をホビットの頭の上に置いて、彼を祝福した。
「さあ立て、ローハン国メドゥセルドの王家の小姓、メリアドクよ。そちの剣を取れ、それを持ちてよき運に恵まれんことを!」
「殿を父ともお慕い申し上げます」
セオデンの祝福を受けて、メリーは厳かに告げた。
「しばしなりとも、な」





出発の時が近づいたが、アラゴルンはまだ戻ってこなかった。
セオデンは彼にそのことを伝えるよう命じると、城の門から騎士たちの集合するところへと降りていった。
まもなく城門からアラゴルンが双子とハルバラドと共に姿を現す。彼の表情は厳しく、ひどく思い悩んでいるようだった。
「セオデン殿、教えていただきたい。殿はこれから馬鍬谷に馬を進められるわけですが、そこまでどのくらいの時間がかかるのでしょうか。と言いますのも、私は不思議な伝言を聞き、それゆえに私の目的に変更を加えなければならないと考えるに至ったからです」
エオメルが返答する。
「今は正午を一時間は回っています。今から三日後の夜までにわれらは馬鍬谷の砦に着くはずです。そして王の命じられた兵の召集は明けて翌日に行われるでしょう。ローハンの兵力を総動員するとなると、これ以上早くはできません」
「三日か…」
返答を聞いたアラゴルンは決意を固めたようだった。
「では殿よ、お許しを得まして、私は自分とわが一族に与えられました新たな助言を受け入れねばなりません。われらはわれら自身の道を、それももはや人目を避けることなく、馬を進めねばならないのです。私にとって秘密裡に行動する時は過ぎました。最も速やかな道を通って東に進みます。そして私は死者の道を取ります」
「死者の道とな!」
セオデンは叫んだ。
「なぜ、その道のことを口にされるのです」
エオメルの顔から、わずかに血の気が失せた。
「もしも真実その道があるのだとしたら、その道の門は馬鍬谷にあります。しかし!生ある者はだれもそこを通り抜けることはできません」
「それでも私はその道を取りましょう」
アラゴルンは躊躇なく答えた。
「アラゴルン殿、あなたほどの高士が死に魅入られてしまったのですか?そのようなもの、地下に求めずとも外には充分すぎるほど悪しきことがあるではありませんか。たとえモルドールの全軍勢に立ちふさがれ、孤立無援でほかに逃げ道が一つもなくとも、その道を選んではなりません。それでもなおその道を行くのでしたら、われらが再び天が下で相会うことはほとんどありますまい」
エオメルは懸命に訴えたが、アラゴルンの決意が揺らぐことがないとわかると悲痛な声で叫んだ。
「それでは、はどうなります!?」
「彼女が望む以上は、連れて行きます」
間髪いれずに答えたアラゴルンにエオメルは絶句した。
彼はエルフの隣に立って二人のやりとりを見守っていた少女に視線を移す。
「わたしは行きます」
はエオメルの目を真っ直ぐ見詰めて答えた。
…」
「アラゴルンが進む道をわたしも行きます。それがわたしの道でもあるのですから」
「貴女を死に追いやりたくはありません。どうか妹のいる馬鍬砦にお留まりください」
懇願するエオメルに、は申し訳なさそうに微笑んだ。
「わたしが死ぬとしても、それは火や鋼の力によってではないでしょう。ましてや死者にはわたしは殺せません。お忘れですか?わたしは魔女なんですよ。少なくともそこでは剣を持つ方々よりもわたしのほうがよほど役に立つと思います。今までにも黄泉比良坂を下ったことも、アケロン川を渡ったこともあるんですもの」
最後の言葉の意味がよくわからなかったが、言いたいことの意味はなんとなくわかったので、エオメルにはそれ以上止めるための言葉が浮かばなかった。
これ以上どうにかしたいと思ったら、残る手段は実力行使しかないだろう。
その時には、彼女からの信頼と友情は永遠に失われるだろうが。
「エオメル殿、あなたに申し上げておくが、たとえモルドールの全軍勢がわれらの間に立とうと、いつか戦場でわれらは再び相会うかもしれません」
言葉を失って突っ立っているエオメルに、アラゴルンが声をかけた。
エオメルは悲しげな目でアラゴルンとを順次見詰めると、目を伏せて頭を下げた。
「そうなることを、望みます」
セオデンはうなだれる甥の肩を軽く叩いて励ました。
「アラゴルン殿、御身はご存念の通りになさるだろう。他の者なら恐れて踏まぬ不思議な道を踏むとは、おそらく御身の運命であろう。この別れは予を悲しませ、予の力はために減じるほどだ。が、予は今はもう山中の道を取って行かねばならぬ。これ以上遅延するわけにはいかぬ。恙なく行かれよ」
「殿もご壮健で」
アラゴルンと彼と共に行く一団はマークの王に礼をするとそれぞれの馬のところへ散っていった。
その場には指輪の仲間である四人だけが残った。
「メリー」
アラゴルンはひざまずいてホビットの目線に合わせると、両手を握りしめた。
「私はお前をよき人の手に預けた。われらはまた別れることになったが、お前を忘れはしない。さらばだ」
「メリー、また会いましょうね」
アラゴルンに続いてが膝をつくと、小さなホビットの背を抱きしめた。
レゴラスとギムリも口々にさよならと言うと、出発する王を見送るためにその場から離れていった。
「さようなら!」
メリーは去ってゆく仲間たちに叫んだ。
それ以外、何といえばよいのか彼にはわからなかった。
その先にどんな終局が待っているのかも、知らなかった。
ただ不安だけが胸に渦巻いていた。







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