マジソン・アベニューでの生活も半年を過ぎて、ここでの暮らしにもだいぶ慣れただろうと思っていた矢先、水面

   下で問題が起こっていたことが発覚した。

    思えばジュディはこれまでも何度か思い煩っている様子があったのだが、そのことが問題だということは一度も

   言わなかったのだ。例えば髪型が綺麗に決まらなかったなどという、取るに足りなそうな言い訳をしていたので。

     そのことを知ったのは偶然だった。彼女と家政婦のミセス・ロビンソンのやり取りがたまたま聞こえてきたのだ。

    二人は私が近くにいたことに気付かず、結果的には盗み聞きになってしまったのだが、このことがなければ私は

   もっと長い間気がつかなかっただろう。だから私としては良かったと思うほかない。

    端的に言うと、ジュディとミセス・ロビンソンの仲が上手くいっていないのだ。

    はじめは、家事というものを自分でやらず、使用人に一切を任せるというやり方に慣れていないだけだと思って
   いた。ミセス・ロビンソンはそれに対して助言をしているのだろうと。

    だが、どうにも様子がおかしい。ミセス・ロビンソンはジュディの采配に対して一つ一つ訂正や代用案を行った

   後、最後に聞こえよがしにこう言っていたのだ。「これだから孤児院育ちの方は、上流のやりようがおわかりに

   ならないのですね」と。

    あの時のジュディの引き攣った表情が忘れられない。

    彼女が孤児院出身だということは、当家では周知のことだった。何しろ一時期は毎日のように親戚が突撃して

   来て、結婚反対を叫んだのだから、知らないほうがどうかしている。

    中にはそのことを不満に思っている者もミセス・ロビンソン以外にもいるかもしれない。しかし少なくとも私が直接

   接する機会が多い者―執事のブラウンのことだが―はそんな態度をとったことがなかった。

    少なからずショックを受けた私は部屋に入り、これはどういうことかと二人に聞いた。

    ミセス・ロビンソンのうろたえようといったら、お話にならないくらいだった。私に知られて困るようなことなら、最初

   からしなければ良かっただろう。

    ジュディはジュディで私に家政婦を上手く扱えないでいるのを知られたくなかったということもあって、ひた隠しに

   していたというのがわかった。

    だが、彼女は自分が上流家庭の育ちではないのは確かなので、ミセス・ロビンソンを解雇しても、次の家政婦に

   馬鹿にされるだけで、それくらいならこのまま彼女と向き合い、状況を改善する方が良いと判断していた。

    そういうことならそれでもかまわない。だが、ものには言いようというものがある。

    ミセス・ロビンソンは色々言っていたが、つまりは生まれの点では自分の方が上―両親がはっきりしていて、

   親元で育ったということだけのことだが―なのに、孤児院出のジュディに使われるということが癪に障っている

   のだ。付け加えて言えば、彼女は自分が使用人とはいえ、仕えた家はすべて由緒正しい家柄であったというこ

   とに強い自負を抱いている。だからこそ、ジュディを一際見下しているのだ。実際のジュディの人となりや努力の

   跡などどうでもいいのである。 

    さて、こうなるとやっかいだ。

    執事が主人たる私の秘書的な存在であると同時に、家政婦は女主人の秘書的役割をする。

    最終的な人事権は私にあるが、家政婦は私よりもジュディと接することが多いので、彼女に任せていたのだ。

    その彼女が、ミセス・ロビンソンを解雇するつもりはないという。

    こうなるとジュディは頑固なのだ。だが、もういいではないかと私は思う。

    半年頑張ったのだろう?それでもどうにもならなかったのだろう?

    私に知られたのがいい潮時だと思わないかな?






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家政婦(ハウスキーパー)…女性使用人で一番偉い人のこと。実際に家政をするというよりも、女性使用人たちの統括をするのが主な役目。