「はふ……」
 フォルダを抱えて俺はころりと横になった。
 お母さんが帰ってきたので歌の時間は終わり。シャットダウンされたパソコンの中、俺は自分のフォルダに戻った。
「……うへへーー」
 ああ、駄目だ。顔がにやけてしまう。だってだって、ようやく歌わせてもらえたんだよ!?
 俺のこの腕の中にあるフォルダには『俺』が歌ったデータが入っている。他のマスターのところのKAITOの歌じゃない。俺のマスターが俺に歌わせてくれたもの。初めての、歌。今はまだ一つだけだけど、そのうちもっと、もっと、増えていくんだ。
「約束、してくれたもの、ねぇ」
 呟きながら、俺はフォルダに頬ずりする。
 別れ際、次はいつ調教してくれるのかと聞いたら、マスターはちょっと考えてから、次の休みの日、と言ったんだ。次の休みは五日後だ。それまでに今度はどの曲にするのか決めておくって。
「マースーターぁ」
 幸せです、俺。
 マスターの代わりにフォルダをぎゅっと抱きしめる。
「早く五日後にならないかなぁ」
 同じフレーズを何度も何度も歌い直したし、俺の説明の意味がわからないとマスターにキレられたりもしたけど、俺は少しもめげていない。むしろ、どうすればわかりやすくなるかなと思っただけ。今夜はとても他のことなんて考えられそうにないけれど、あとでDTMの基本を覚えに出かけよう。今まではボーカロイドの調教について書いているサイトばかり探していたけれど、もうちょっと音楽作りについての全体的な流れを知らないとこの先ちょっと大変そうだって思ったし。俺は自分のことなら大体わかるけど、それ以外はほとんど知らないんだよね。マスターは自分が初心者だということについて気にしているようだけど、それだったら俺だって同じなんだ。
 だから、
「気長に行きましょうねぇ」
 マスターの言った言葉を繰り返す。
 それは『この先』についても約束してくれたのだと思っていい? ゆっくり、少しずつ、色々なことを覚えてゆく。その時間を俺とわかちあってくれるのだと思っていい? 一年後も二年後も、そのずっとずっと先も。
(俺、今ならすごく『マイマスター』のKAITOの気持ちがわかるかも)
 マスターが俺に歌わせたい歌が俺の歌いたい歌。その気持ちに偽りはないけれど、あの曲だけは自分でもちょっと歌ってみたいなって、思っている。だってあれは、きっとKAITOなら――あ、ボーカロイドなら、かも――みんな自分のマスターに対して思っていることだから。だから俺も、マスターに聞いてもらいたい……と思ったんだけど、なんでマスター、あれ選ぶのやめちゃったのかなぁ。残念。
 そうそう、そういえば、実験の時にはドキドキしたなぁ。
 トラックを複数作った場合、実体化している俺のどこから声が出るのかを調べるからと、マスターは実験用のフレーズを何度も俺に歌わせたのだ。身体のあちこちに触れそうになるくらい近づいてきて、マスターは耳を澄ませていた。
 マスターの方からこんなに接近してくることなんて滅多にないことだから、俺は平静を保っているだけで精一杯だった。マスターが真剣にやっているのに、俺がふざけたりするなんていけない。それでもちょっと腕を広げればマスターを包み込めそうな距離なものだから、「捕まえたぁ」とか言いながら、ぎゅうっとしたい衝動を堪えるのはかなり大変だった。まあ、実のところ、途中でそれどころではなくなったんだけど。
 というのも、マスターは口、肩、お腹の辺りとどんどん場所を変えて実験を繰り返したのだけど、手の平に耳を寄せた時には、まつげがさっとかすめて、その瞬間俺は背筋がゾクゾクとして叫び出すところだったのだ。それに手首のあたりに吐息がかかるしで、俺はもう椅子から立ち上がってどこでもいいからどこかに走り去ってしまいたくてしょうがなかった。声だって、歌唱中じゃなかったら裏返っていたに違いない。
 でも我慢したのだ。なんたって、仕事中だったのだから。
 それにしてもマスターって、夢中になると周りが見えなくなるタイプなんだなぁ。ちょっと心臓に――俺にはないと思うけど、心臓――悪い。
 今日のレッスンのこととか、次はどんな歌を歌わせてくれるのだろうか、などと考えていると、夕ご飯を食べ終えたマスターが戻ってきた気配がした。と、パソコンを起動する。また一人暮らし用の部屋探しをするのかなぁ。予算がまだわからなくて困るって、この間ぼやいていたっけ。
(おや……)
 すぐにネットにつなぐのかと思っていたが、マスターはメモ帳を起動させた。
『大変なことになった』
 マスターはそう打ち込む。お父さんとお母さんがいるから筆談するんですね、了解。
 俺は意識をメモ帳に向けた。
『何が大変なんですか?』
 そう返事を打ち込んだのだが、俺の書いたものを読んだのだろうかと思ってしまうほど素早く、次の文が表示される。
『小次郎を釣れていくことになったのよーーー!!!1!』
 マスター、変換ミスってます。よっぽど興奮しているのだろうか。文字だけだとよくわからないから顔、出してもいいかな。
(ちょっとだけ……)
 俺は自分のフォルダを抜け出して、モニタに近づく。そっとメモ帳の隙間から向こうをのぞくと、マスターと目が合ってしまった。だけど怒られることはなかった。かわりにメモ帳の幅を少し狭めてくれた。
 マスターは今にもしゃべりたそうにうずうずしている。頬は赤く、目もきらきらしていた。
『どうしてそういうことになったんですか?』
 なにが起こったのかよくわからなかったので、俺は質問をした。
 マスターがこれから住むことになるのは学生向けのマンションかアパートというものになるだろうと聞いている。そういうところでは動物はまず飼えない。だから小次郎さんとはもうじきお別れになるって言っていたんだ。
『それがね、ほら、うちって両親とも平日は帰りが遅いじゃない。だから散歩に連れていくのは難しいけどそれだと小次郎がかわいそうだからあたしに連れて行けって。元々あたしが飼いたいって言い出したんだから自分で面倒見ろってことなんだけどね』
 打健の音高く、マスターは文字をつづった。
『でも、動物は飼えないんじゃ』
『うん。だから、ペット可の物件じゃないと駄目だし、普通の学生向けよりは割高になるかもしれないよって言ったの』
『それでもいいと?』
『そういうこと』
 マスターは満面の笑みを浮かべる。
『生活費とか小次郎関係でかかる費用とか、色々ひっくるめて毎月の仕送りの話をしたの。予想より多くてびっくりしちゃった。これで心おきなくあんたと小次郎の面倒がみられるよ!』
 そういうことか。ようやく大体のところが理解できた。同時に嬉しくなって顔が自然に笑ってしまう。だって小次郎さんは俺の一番の友達だもの。もちろん、一番大好きなのはマスターだけど。
『良かったですね、マスター』
 俺がそう打つと、マスターは頷いた。にこにこしているマスターはとっても可愛い。俺に対しては結構適当そうな顔を向けてくることが多いから、こういうのは本当に貴重なんだ。
『俺も一緒にお散歩したいなー』
 思わず甘えてみたりして。しかしマスターはうんざりした顔などしなかった。
『いいよ、一緒に行こう!』
 と小さくガッツポーズをする。
 それからちょっと筆談をすると、ペット可物件を探すためにマスターはネットをつなげた。今までは学校の近くにある物件を家賃も広さも関係なく見ていって、こういう部屋がいいなぁとかここは絶対嫌だとか、適当におしゃべりしながら眺めているだけだったけど、これからは俺も真剣に見ていかないと。いや、俺はマスターが選んだところならどんな部屋でも構わないんだけど、でも引っ越す先は俺とマスターの愛の巣――略すとアイスになる! 素敵な発見だ――になるんだもの。どういうところになるかはとても興味がある。
 十数件目の物件を見ている途中、ふいにマスターを呼ぶ声が聞こえた。お母さんだ。
 俺は慌てて画面から見えないように隠れる。俺はパソコンの中にいる間は自分の大きさを自由に変えることができるのだ。実物大より大きくなることもアイコンサイズ並に小さくなることも可能だ。大きくなることは滅多にないけど、マスターと一緒にネットをする場合は小さくなっている。そうしたらマスターのことも開いているページも見られるから。
 マスターが返事をすると、ドアが開いてお母さんが入ってくる音が聞こえた。
「はい、洗濯物」
「ありがと」
 マスターが立ち上がったらしい音がする。洗濯物か。それならすぐにお母さん、いなくなるよね。
 と思ったのに。
「早速探しているの?」
 すぐ近くでお母さんの声がする。モニタを眺めているんだろうなぁ。画面、閉じていないもの。
「うん。だって早く探さないと、いいところがなくなっちゃうかもしれないじゃない」
「まあねぇ。でも今時はこういうところは楽でいいわね。図面だけじゃなくて室内の写真も載っているものもあるし。仮予約もできるんだしねぇ」
「お母さんの時はどうしたの?」
「ネット自体はあったかもしれないけど、全然普及なんてしていなかったからね。一人で探すのは不安だったから、父さん……あ、 のお爺ちゃんね、と日曜に一緒に上京して探したわ。時間もたいしてなかったからその日のうちに決めちゃって。見た物件も三つか四つくらいのものよ」
「そんなものなんだ。どういう部屋だったの?」
「1Kの学生向けアパートよ。新しいところだったけど、住んでいて結構不便だと感じる部分もあったから、もっと色々回った方が良かったって、後悔したっけ」
「どういうところが不便だったの?」
「そうね、たとえば……」
 ……なんだか、長くなりそうかも。こういうのって実は俺、あんまり好きじゃないんだよね。マスターが部屋にいない時はどうしようもないから一人でも我慢できるけど、マスターが部屋にいるときにお友達と電話しているとかお母さんとお話しているときは――お父さんがマスターの部屋に入ることはほとんどない――俺ははっきりマスターに無視されていることになるわけだから、心細いような寂しいような気分になってしまう。
「……ってところかしらね。でも私が学生の頃とはずいぶん変わっただろうからそのまま参考になるわけでもないと思うけど。 が納得するならどういう部屋でもいいけど、私としてはやっぱりセキュリティは重視してほしいところね。女の子の一人暮らしはやっぱり心配だもの」
「その辺のことはあたしも考えているよ。オートロック有りのところ、見てるし」
「ならいいけど」
「それにあたしのとこには小次郎もいるし、不審者がきたら吠えて……もあんまり怖くないか」
「愛想のいい子だものねぇ。すぐに人に懐くし」
「番犬向きじゃないよね。そこが可愛いんだけど」
 心当たりがありまくる。
 小次郎さん、俺と最初に会った時にすごく威嚇してきたんだよね。俺は犬を見たのは初めてだったから結構びっくりしたけど、小次郎さんは身体も小さいし、普通の人間だったら恐いと思うことなんてないのだろう。
「あ、でも、小次郎といえば……」
 お母さんは笑うのを堪えているような声で言った。
「何?」
「お父さんが小次郎を連れていけって言った本当の理由」
「そんなのあるの? 散歩に連れていけないからじゃなくて?」
 不思議そうにマスターは聞き返した。
「それもちょっとはあるけど、それだけじゃないのよ。だいたい だってこれからは家のことをやりつつ学校に行くわけでしょう? それにアルバイトをするようになるかもしれないのだし、大変だというなら の方が大変になるかもしれないじゃない」
「……そうかも。じゃあ、何で?」
 お母さんはくすくすと笑う。
「男よけ」
「はぁ?」
 マスターは素っ頓狂な声をあげた。
「生き物を飼っていたら、あんまり不規則な生活はできないじゃない。小次郎がいれば があんまり夜遊びしないだろう、自分たちに内緒で旅行に行ったりしないだろうって、お父さんたら。私は呆れちゃったわよ」
「えー……。それって」
 マスターの声は一気にトーンを落とす。お母さんは明るく続けた。
「自分の目が届かなくなるから余計心配になるのはわかるけど、そんなことしたって回避方法なんていくらでもあるのに。友達に頼むとか、ねぇ」
「ああ、うん。そうだね。……ねえお母さん、それ本当に本当?」
「本当よ。そりゃあ悪い男にひっかかるのは困るし、それであなたが傷ついたら私だって心配するし力になりたいとは思うわよ。でもなにも害虫みたいに最初から全部を追い払おうとしなくてもいいと思わない? 自分のことは棚にあげて……」
「え、お父さん害虫扱いされたの?」
 驚いたようなマスターの声。お母さんは笑い混じりで答えた。
「そうじゃなくて。お父さんにだって、結婚前には何人かつきあった人がいたの。私だってそうよ。振った振られたなんて人生経験の一つだし、そう大げさに捉える必要なんてないことだと思わない?」
「うん、思う」
「なのにそういうことも が辛い思いをするなら必要ないって、回避させようとするんだもの。そういうところが自分のことを棚にあげてる、って言ってるの」
 そういうものなんだ。
 でも俺、お父さんの気持ちもわかるなぁ。俺だってマスターが辛い思いや悲しい思いをするようなことは起こってほしくない。避けられることなら避けてほしいと思っている。だけどお母さんがこう言うってことは、俺もお父さんも甘いってことなのかな。よくわからないや。
「あの、ね。お母さん」
 マスターが歯切れ悪くお母さんに呼びかける。
「ん?」
「もしかして、お父さんの言っていた門限は八時とかって……あれも本気だったのかなぁ」
「お父さんとしては、そうなんでしょうね」
 お母さんはあっさりと答える。
「大学の授業が何時頃に終わるのかわからないけど、それって可能なの?」
 困惑しきっている声でマスターが聞くと、お母さんはううん、と唸った。
「難しいところだと思うわ。なにも夜遊びしようとしなくたって、ゼミ次第ではかなり遅くまでかかることもあるでしょうし」
「それなら、守るのは無理だね」
「現実的ではないのは確かね。私ならあまり羽目を外さないようにって言うだけにしておくところよ。私だって学生時代は結構遊んだもの。なのに にはするな、なんて言えないわよ」
「お母さん、やるぅ。遊んだって、例えばどういう?」
 わくわく、という感じでマスターはたずねた。
「そうね。長期の休みごとに海外行ったりとか、ショッピングに飲み歩き。ああ、ブランド品を買うようになったのもその頃だったわね。でも踊りに行くのはあまりしなかったわよ。そこまで派手なことをするのは抵抗があったし」
「……踊りって」
「ボディコンを着てお立ち台の上で羽根扇子振るのが流行っていたのよ。テレビとかで見たことくらいあるでしょ」
「ああ。お母さん、あの時代の人なんだ……。なんか、なんか……」
「なに?」
「いいなぁ。なんかとにかく楽しそうだよね、あの年代の人って。それに景気が良くて引く手あまたで就職、楽だったんでしょ?」
「確かに売り手市場だったから就職活動ではこれといった苦労はしていないけど……ずっと楽ということはないのよ。バブルが弾けたあとはうちでもリストラはあったもの。いなくなった同期は一人や二人じゃないわ。私は今の仕事が好きだし、それなりに結果を出しているから免れたけどね」
「う……ん」
「それもこれも、公私の区別はちゃんとつけて、やることはやってきたからだと思ってる。でも真面目一辺倒なんてつまらないわよ。だから も女の子ばかりじゃなくて男の子たちともおつきあいしたりして色々あった方がいいのにと思っているのに、あなたったらアニメだのゲームだのばっかり……」
 途中からお母さんは嘆き出す。
「ああああっ。もう、いいじゃない、あたしが何を好きだっって!」
 マスターが裏返り気味の声で叫んだ。
「そうそう、 。あなた、アルバイトするにしてもメイド喫茶とかはやめてよね。お母さん、あれだけはなんだか嫌だわ」
「頼まれてもする気はないから安心していいよ……」
 ぽんぽんとしゃべるお母さんに、マスターは疲れたような口調で答えた。
 えーっと、よくわからないところもあったけど、お母さんはマスターに今より遊んでほしいと思っていて、お父さんはそうじゃないんだということだけはわかった。マスターもいつものことだけど、お母さんの意見の方に賛成っぽい。全部じゃないみたいだけど。
 でも俺はやっぱりお父さんの意見の方に納得できる。俺はマスターに男の人とのおつきあいなんてしてほしくない。そんなことになったら俺、捨てられてしまうかもしれないもの。
 だけどお父さんもお母さんも、マスターが一人で暮らしていて危ないことに巻き込まれるのは嫌なんだよね。それだけはあの二人も意見が一致している。
 なら、俺がお二人に代わってマスターを守ればいいんだ。お父さんの言っていた門限八時っていうのも、俺がお迎えにいったりすれば間に合わなくても大丈夫だろうし。
 お父さんとお母さんは俺の存在を知らないけれど、俺はずっと一緒にいたんだ。それで迷惑もいっぱいかけてしまった。お父さんには泥棒だと思わせてしまったし、お母さんには何度もアイスを買ってもらった。お母さんはマスターが食べるのだと思っていたのだろうけど、あれはほとんど俺が食べちゃったんだ。だからそのお礼とお詫びがしたい。
(というわけでマスターには俺がついているので安心してくださいね、お父さん、お母さん)
 声には出せないけれど、俺は二人に向けてしっかりと誓った。

 それから時は過ぎていく。
 マスターは学校がお休みになってもとても忙しい。平日はアルバイトをして、お休みの日には俺を構ってくれる。時々はお友だちと会っているみたいだし、引っ越しの準備も始めていた。
 土日はお父さんやお母さんと出かけて、マスターが住むところを探すために不動産屋さん巡りをしたり、新しい家電や家具を買いに行く。
 そうしている間にも三月になってマスターは学校を卒業した。
 それからお友だちと旅行。日本で一番北にある動物園を中心に二泊三日間、北の大地を回りに行った。マスターは俺にもお土産を買ってきてくれたんだ。ご当地のアイスってやつ。マスターが帰ってきた次の日に他の荷物と一緒に宅配便で届けられたのだ。マスターは何も言わなかったから俺用のお土産はないのだと思っていただけに、すごく嬉しかった。アイスって本当に色々あるんだなぁ。じゃがいものアイスなんて初めて食べたよ。
 そして三月の半ば過ぎ、マスターは引っ越しをした。
 住み慣れた家にさよならをして、パソコンの中に引っ込んだ俺はその翌日、新しいお部屋に運ばれた。
「カイト、出てきていいよ!」
 マスターの呼びかけに、俺はパソコンを起動させる。出てすぐ目に入ったのは、元の家より狭いけれど、カウンターで仕切ったキッチンとリビングのある部屋だった。
 家具の配置は終わっていて、テレビ台の上にはテレビとゲーム機、その隣にあるすっきりとしたパソコンデスク――これは初めて見た――にはパソコンを配置している。反対側の壁側にはマスターの部屋に元々あったコンポ類、それとこれも初めてみる棚があって、CD関係が納められていた。本棚はないけど、どうしたんだろう。マスターの大事なマンガとかラノベ、まさか持ってきてないなんてこと、ないよね。あ、フィギュアもないや。別の部屋かな。マスターの新しい部屋は1LDKというものだそうで、ここの他にもう一つ部屋があるって聞いてる。あ、あの扉がもう一つの部屋に続いているのかな。
 リビングには他に、ローテーブルと足の短いソファがある。これも初めて見たものだ。それからカウンターの下あたりには小次郎さんのケージ。小次郎さんはそこにいた。ちょっと落ち着かないみたいで、中をうろうろしている。
 お父さんとお母さんはもういない。大まかなことを終えたので帰ってしまったのだ。マスターは大学が始まるまで休みだけど、お二人は普通に仕事があるから、あまりゆっくりもしていられなかったんだって。
「マスター、俺、何を手伝えばいいですか?」
「今日は特にないよ。引っ越し屋さんが棚とかに入れるものも全部、入れていったから」
「そうですか……」
 なんだか残念。俺はずっとパソコンの中にいたから何もしていないんだよね。だけどマスターは俺の考えを読んだように腕を小突く。
「明日から目一杯働いてもらうから。早速色々買いに行くよ。荷物持ち、よろしく!」
 と言いながら笑った。
 買い物。そうだ、念願のマスターとのお出かけができるんだ。うわぁ、楽しみ!
「はい、マスター!」





この作品はフィクションです。実際の人物、団体、事件、書き手所有のKAITOとは無関係です。
……自分で書いておいてなんだが、自分とこのKAITOがこういう性格だったらとても嫌だ(笑)






前へ  目次   Episode 9へ