だんだん恒例と化してきたマスター同士の意見交換会inカラオケボックスでは、年末年始の間ジョーさんの実家でカイトがどのように過ごしていたかの詳しい報告を受けることになった。
 郊外の一軒家ということもあり、挨拶をすませた後は基本的に二階にあるジョーさんの部屋で過ごしていたという。
 そしてわたしの手元にあるのは、ジョーさんが教材として使った本の一部だ。系統立てて教えないと後が怖いとかで、ネットだけで済ます気にはならなかったらしい。その本は公共の図書館で全て借りたというから頭が下がる。金銭的な負担がかからないとはいえ、調べる手間もかかれば、持っていくのにもそれなりの重量になる冊数だった。
 わたしはジョーさんの話を聞きながら、それらの本をぱらぱらとめくっていく。子供向けのフルカラー人体図鑑に、体の発達についての本、思春期の心と体についてのQ&A、後は大人向けの本で感染症、家族計画、妊娠出産とそのトラブルについてなど、対面で借りるのは少々恥ずかしいラインナップがそろっていた。しかしジョーさんはそれをやってくれた。彼の本気が窺えようというものである。
 ジョーさんがやったものは、ジョーさんが決めた順番に本を読ませ、他に足りないと思った部分に関しては口頭での説明をしたというものだ。それにプラスしてネットで動画を見せたりとか。やはり動画というものは理解が早くなるようで、それはカイトにとっても例外ではないのだが、今回は教えたい内容が内容だけに、下手に下地を作らずに見せたらただのAV鑑賞会になりかねないと、ジョーさんはかなり気をもんだらしい。結果的にカイトは少なくない数のR18な動画を見たようだが、それは至極真面目に見入っていたらしい。R18とはいってもエッチなものだけでなくグロいものもあったりしたそうだが……。どんなものかは想像がつくだけに、わたしも動画のURLを教えてくれとは言う気になれなかった。
 それがカイトにどの程度の影響を与えたのか。精神年齢十歳以下にはさすがに早かったのか、それとも約一年半による人間世界での生活で、もう理解納得できるほどには鍛えられていたのか。実ははっきりとはわたしにはわからなかった。
 わたしの感覚では、時間が限られていたとはいえ、十日程度で教わるにはいささか濃すぎる内容のように思えたのだ。特に中盤以降のものは。これらをわたしが十歳の時に一気に教わったとしたらと考えると、なかなかエグい精神状態になったのではないかと思う。ニヤニヤするなんて可愛らしいものじゃない。きょどきょどしたり、「大人って不潔っ!」と拒絶反応がでてきたことだろう。
 しかし現在のカイトには取り立てて変化は見られなかった。相変わらずにこにこと明るくさわやかな、または穏やかな笑みを浮かべて楽しげに家事をやり、小次郎の散歩をし、英語の勉強を続けつつ、次の歌は何にしますかなどと聞いてくる。
 始終つきまとってくるウザさは薄れたように思えるけれど、これは年末年始のことがある以前からだんだんそうなっていただけで、ジョーさんのせいではないだろう。確か。
「改めて、本っ当にありがとうございました」
 一通りの本のパラパラ読みとジョーさんの説明が終わったので、わたしは可能な限り深く深く頭を下げて礼を言った。
「なんだよ。そこまで頭下げられるとこっちも困るだろうが」
 ドリンクバーのコーヒーを飲みながら、ジョーさんは顔をしかめる。
「いえ、まさかここまで本格的にぎっちりと詰め込み教育をしてくれるとは思っていなくて。しかも、わたしがするとなるとかなり躊躇しただろうなって内容がてんこ盛りでしたから」
「中途半端なことをしたら、それこそ悪い方に影響がでかねないからな」
 ところでカイトに変わった様子は、と聞かれたので、わたしは首をかしげる。
「特にないんですよね。何かしら変わるものだろうと思っていただけに、拍子抜けで」
「へー……」
 何か言いたげな風だったので、わたしはいぶかしむ。
「いや、さすがに手術系や病気系はあいつも硬直しながら動画見ていたけど、エロ系はそれなりに反応していたからな」
「反応って……」
「やっぱネット上で断片的なものは見聞きしていたみたいでな、そういうことだったのか、みたいな反応してた」
「……そうですか」
 うん、まあ、一応フィルターはかけていたけど、そのものの画像はなくても、直接的ではなく文字で書いてあったりしたら、そこまで排除できるものではないのよね。わかってはいたけど、現実としてこういう話を聞かされると、すっごく複雑な気分だ。アイドルがトイレにいかないと本気で思っていたわけではないけど、そうであってほしかった、みたいな心境とでも言おうか。
 なかなかにショッキングだったけれど、ジョーさんはわたしのそんな葛藤など知らぬ気に話し続ける。
「あとはまあ、ニヤニヤとか。俺もいたからおおっぴらじゃないけど、やっぱこういうのはガキだろうがじじいだろうが、関心のない男はいないんだろうなって思ったな」
 そんなことまで知りたくなかったですよ、先輩!
 なんてことはもちろん叫べなかったので、わたしはやっとの思いで、
「……そうですか」
 と代わり映えのしない相槌を打つのだった。
 こういう話を照れず気後れせず淡々と話せないあたり、やっぱりわたしって自分が思っているより純情なのかもしれないなどと思いながら、炭酸の抜けかけたコーラを飲む。ああ、どっと疲れた。闇雲に駆けだして、わーっと叫びたい。でもそんなことをしたらわたしはただの変人だ。
「あのさ」
 どうしても軽く受け流すことも、落ち着いて受け止めることもできなくて、雑多な音が遠くから漏れ響いてくる室内は重苦しい雰囲気になった。ジョーさんは躊躇したように言葉を途切らせる。
「ジョーさん?」
 さっきまでの泰然とした雰囲気は消え去り、彼は困惑したように頬を引っかいている。
「こういうことを言うのはさすがにどうかと思うんだが」
「はい」
 何だろうと、わたしは続きを待った。
「でも、知っておいた方がいいとは思うんだ」
 ジョーさんはやや顔をうつむけて、拳の片側で眉間を揉む。よほど言いにくいことなのか、額には汗が浮かんできた。
「なんでしょうか」
「一応断っておくが、別にに対してセクハラしたいわけじゃないからな。内容が内容だからどうしても際どいことを言わざるを得ないだけで」
「はいもちろん、わかってますから」
 ああっ、背中がもぞもぞする! 話の方向性から察するにきっとエロ方面なんだろうから、すっぱりさっくり言ってくれればいいのに。言い淀まれると逆に恥ずかしいのよ!
 思っていたことが顔に出たのだろうか、ジョーさんはわざとらしい咳をした後、ようやく顔を上げた。
「何て言うか……。カイトがそのうち のことを押し倒すんじゃないかという懸念があって今回ああいうことを色々教え込んだわけなんだが、どうもその心配は無用のものだったみたいだった」
「そうなんですか?」
 どんなことを言われるのかと思っていたら、そんなことか。けどそれなら安心要素でしかないのに、何であんなに言いにくそうにしていたのだろう。
「今のところはって注釈付きだがな。今後どうなるかはわからんが……。まあ、物理的な意味で今のところは無理だ。だからその分、は安全だ」
「物理的な……?」
 自分でも眉が寄ったのがわかる。物理的ってどういう意味だ?
 ジョーさんはやけくそのように両手と両足を組んで胸をそらす。
「あいつ、勃たないみたいなんだよな」
 たたない?
 一瞬意味がわからなかったが、頭の中に漢字が思い浮かぶと、どうにもこうにも居たたまれない恥ずかしさで身もだえしそうになった。
「ジョーさん……。そんなことまで確かめたんですか?」
 そりゃ、物理的に不可能ならどーしよーもないけれど。
「俺がやってみろっていったわけじゃねーよ。あいつが勝手にやってみたんだよ」
 ジョーさんも恥ずかしさがあるのか、声に力がこもって怒っているように聞こえる。
「朝、目が覚めた途端に、俺のは全然変化しないようなんですがどうしたらいいんでしょうとか、やりかたがおかしいんでしょうかとか、ジョーさん見本を見せてくださいとか言われた時にはさすがに目が覚めたことを後悔したぞ」
「すみませんでした」
 居たたまれなさが極限まで達し、わたしは穴を掘って入りたいほどだった。帰宅後のカイトが今までと変わらない振る舞いをしているのは、やはり根本的に理解していないからではないのかとさえ、思う。
 遠い目になっていたジョーさんは気分を切り替えようとしてか、ぶるると頭を振った。
「とにかく、今のカイトには危険性がないことははっきりした。それは収穫だったと思う」
「そうですね」
「でもさっきも言ったようにこの先どうなるかまではわからないんだ。生殖行為はできない仕様になっているなら、話は簡単なんだが」
「そうですね……」
 そんなことまでは思い巡らせたことはなかったけれど、単純に喜ぶこともできず、かといって残念がるのもなんだか違う気がして、わたしはぐちゃぐちゃに感情が絡まったまま、その日はジョーさんと別れたのだった。

 それから二日後。
 その日の授業が終わり、なんとなくそのまま帰りたくなくて、わたしはサークル室に友人と二人で寄っていった。週に一回の活動日以外は部員で一杯になることもないので、喫茶室が混んでいる時にはこっちでのんびりすることがままあったのだ。今は冬休み明けの一月ということもあり、四年生が来ることも滅多にないので、通常以上に誰かとかち合うことは少なかった。
「あ、こんにちはー」
 けれど今回はすでに先客がいたようだ。先に中に入った友人が挨拶を送る。
「こんにちはー」
 誰かいると言うことで、誰がいるかも確かめずにわたしも挨拶をしたのだけれど、中にいたのは三年生と二年生の女の先輩が二人だった。
さん」
 声をかけてきたのは三年生のシマさんだ。
「はい」
 何ですか、と言おうとしたけれど、それは声にならなかった。あまりにも彼女が剣呑な顔つきをしていたから。
 一緒にいた二年生のゆーさんは、しまったという顔をしている。どうやらこの二人、わたしに関する話をしていたらしい。でなければこんな反応にはならないだろう。
 入り口のところで固まっていたわたしと友人は、寒いから早くドアを閉めてと言われて慌てて閉めた。それからすぐに適当に言い訳をしてここから立ち去った方が良かったような気がしたけれど、座れとシマさんに手招きされてしまったので、嫌な予感に襲われつつもわたしはベンチに荷物を置いて座った。
 サークル室は中央に大きなテーブルがあり、壁の三方にベンチがあってテーブルを囲むようになっていた。ベンチにはロングクッションが敷いてあるので冬でも冷たいということはないけれど、こまめに手入れをする人がいるわけでもないので、いい加減くたびれてきている。
 シマさんとゆーさんは向かいあって座っていたけれど、わたしたちが来たことでゆーさんが場所を空けてくれた。一年生二人と先輩女性二人が向き合う形になる。
「ねえねえ」
 シマさんがいきなりテーブルに身を乗り出した。それだけで彼女の不機嫌の原因は一年生の自分たちにあるということを悟ってしまう。やだなぁ。何事だろう。
さんさぁ、ジョーとつき合ってるの?」
「え?」
「えー!」
 思いがけない問いにわたしは一瞬反応が遅れ、友人は驚きの叫び声をあげる。
「なにそれ初耳! なんで言ってくれなかったのー!」
 隣に座っていた友人ががくがくと肩を揺さぶる。
「何でもなにも、つき合ってないもの」
 どこからそんな風に思われたのかがむしろ謎だ。
「あ、でもそうしたら同棲している従兄はどうしたの? 二股?」
 誰がだ!
「ジョーさんともカイトともつき合ってないの! つき合ってもいないのに二股なんてできるわけないでしょ!」
 思わずかっとなって叫ぶも、友人は好奇心のとりことなってしまったようで、先輩のきつい視線も眼中にないとばかりにわたしに詰め寄ってくる。
「誰がそんなデマを流したんですか」
 友人がまともに話を聞いてくれないので、わたしは彼女を放置して先に先輩たちの誤解を正そうとした。
「デマではないんだよね。あたしが見たの。 さんとジョーが一緒にカラオケ屋から出てきたところ」
 ゆーさんが長い髪をかきあげつつ、場所と日時も口にする。それはこの間のマスター会議をしていた時にほかならなかった。
「あー……」
 原因が理解できた。けれどやはりこれは誤解である。しかしわたしの「あー」をどう受け取ったのか、三人ともが白状したと勘違いしたようだった。三人が三人とも、言葉は違えど、黙っていたことと誤魔化そうとしたことを断罪してくる。いや、断罪レベルまでいっているのはシマさんだけで、後の二人は三年生の怒りに引き気味ではあるのだが。とにかくわたしの対応はまずかったというようなことは二人とも匂わせてくる。なにがまずいって、シマさんはジョーさんのことが好きだからだ。ほのめかして他の女性部員に対して牽制しているとかではない。男性部員がいないときに明言されている。ちなみに、ジョーさん本人に伝えたことがあるのかは知らないが、態度はあからさまなので気づいていないということはないだろうと思っている。
 サークルの中には、シマさん以外にもジョーさんのことをいいなと思っていた人はいるようなのだけど、前の彼女と別れてから現在まで絶賛フリー中であることを考えれば、ジョーさんは特にサークル内に好きな人はいないのだろう。まあ、なにもサークル内でしか恋人を作ってはいけないというルールもないからね。
 ……そういえば、ジョーさんの恋人に一番近い位置にいるひとって、今はローラになるのだろうか。少なくとも、わたしとカイトの関係とはちょっと違うように感じるのだけど。
「ちょっとはこっちの話も聞いてよ」
 わやわやと三人から話しかけられるので、どうにも返事のしようもなく、またどうやってシマさんをなだめたらよいのかと途方に暮れてしまったが、とにかく黙っているだけなのは一番駄目な対応だろうと、わたしは声を張り上げる。彼女たちがひるんだ隙に、わたしはできるだけはっきりとした口調で、身の潔白を示した。
「カラオケボックスには確かにいったけど、ジョーさんに相談を持ちかけられたからであって、本当の本当にわたしとジョーさんはつき合ってないんです!」
「相談って何よ」
 鼻白みつつも納得がいかないようにシマさん言う。……えーと、確信に触れずに説明するにはどこまでなら言っていいのだろうか。いやでも、カイトが人じゃないということ以外は何も伏せる必要はないか。
「カイトの……わたしの従兄のことで。あの二人、ここのところ仲がいいんですよ。この間の年末年始にもカイトはジョーさんちに遊びに行ってて。でも、そこでなんかやらかしたんですよね。その報告というか相談というか……。なにしろメールだとまどろっこしいし、下手に電話を使うとカイトに聞かれかねないし。内容が内容だけにカイトには知られないようにしたかったから……」
「学校で話せばいいじゃない。こことか」
 と言ったのは友人だ。
「ものすっごいプライベートなことだから。わたしも話を聞かされたときは正直、コメントに困った」
 特にあれだ。「勃たない」の件だ。
「なにー? そのプライベートなことって」
 とにじりよって来たのはゆーさん。
「わたしの口からは言いたくないです。知りたかったらジョーさんに聞いてください」
 すると二人はえーでもーと不服を唱える。さすがに後輩の身で根ほり葉ほり聞くのはためらいがあるのだろう。
 しかしジョーさんと同学年のシマさんにはそんな気遣いはなかった。
「じゃあそのことは後でジョーに聞いてみるけど、従兄とジョーが仲いいからって さんがジョーと二人きりで会っていい理由にはならないと思うんだけど。いくら相談があるっていったって非常識よ」
 シマさんは容赦がない。しかし本当にジョーさんとつき合っていない身としては、彼女の怒りは八つ当たりでしかなかった。こんなことを言うと生意気だと思われるだけだろうから言わないけれど、面倒くさいことになったと思う。
「そんなこと言われても……」
「だいたい、なんでジョーと従兄が仲良くなってるの」
「あ、それは三ヶ月くらい前にカイトがうちからちょっと離れたスーパーに行ってですね……」
 わたしはジョーさんとカイトが交流し会うようになったきっかけを話した。これなら別に知られても構わないことだもんね。
 そしてカイトの青頭が新歓コンパ以来の再会のきっかけになったということには皆に一様に納得された。
「青い髪なんて、さすがに滅多に見かけないもんね……」
「わたしも、顔とかはぼんやりとしか覚えてないけど、青かったってことは覚えているもんなー」
「えー。覚えてません? さわやか系のイケメンだったじゃないですかぁ」
 などなど。
 こうして聞くと、カイトの青頭って本当にインパクトがあるんだなぁ。なんてことに感心している場合じゃなくて。この間にどうにかしてわたしは無実だってことを納得してもらわないと。あれこれ言い触らされてサークル内での立場がなくなったりするのは避けたい。でもわたしがここであれこれ言うより、ジョーさんにばしっと一言いってもらった方が効果があるだろうなぁ。でも今の状況じゃ席を外せないし、ジョーさんを呼び出すのも……。
 仕方がない。これを明かすしかないか。
「あの、ジョーさんってつき合っているといえるかどうかははっきりしていないんだけど、少なくともわたしなんかよりも遙かにいい雰囲気になっている相手がいるんですよ」
「誰よ!」
 これにはシマさんのみならず他の二人も食らいついてきた。人のことはいえないけれど、女って本当に恋愛話が好きだよね。ジョーさんのことが特に好きというわけじゃない二人はすごく楽しげだ。シマさんは必死になっているけれど。
「すっごい美人のイギリス人女性。モデルみたいな……って、モデルって美人だけど身体の凹凸が少ないみたいな印象があるから、モデルとも違うか。とにかく美人でスタイルよくって、背も高いし、かなり迫力があるタイプよ」
「気が強い感じ?」
 隣に座る友人が問う。
「そうだね。意志ははっきりしてるよ」
「でもなんでそれをさんが知っているの? その様子だと会ったことがあるんだよね」
 そう聞いてきたのはゆーさんだ。
「ええ。そのひと……ローラって言うんですけど、元はカイトが迷惑かけた相手で。その場にジョーさんも居合わせたんですよ。それがまあ、縁といえば縁かな」
 その場というのがジョーさんの部屋なのだが、これはもちろん言う気はない。
もそこにいたの?」
 友人に問われたのでわたしは頭を振った。
「カイトが迷惑かけた時にはその場にはいなかったんだよね。ちょっと別行動していたから。わたしが戻ってきた時にはもう冷ややかに怒っているローラと、自分が何をしたのかわかっていないカイトと、状況についていけないでいたジョーさんがいたわ」
 思い返すも、あの日はすごかったな……。
「何したのよ、従兄くん」
 ろくなことではなさそうだと言いたげな顔で、シマさんが頬杖をつく。
「あんまり詳しく話すのはちょっと……。小さな親切大きなお世話というか、お節介も甚だしいというか……」
「それって、従兄くんが悪かったの?」
 一応、確認といった風に友人が聞いてきた。
「悪いかどうかでいえば、悪いとは言い切れない部分もあるけど、それでももうちょっと考えて行動するべきだったとは思うよ。ローラからすれば余計なお世話だったろうし」
「で、二人は仲直りしたの? ジョーさんとつき合ってるっぽいってことを知っているってことは、はその後もそのローラってひととのつき合いはあるってことだよね」
 わたしはどこまで話をぼかせるか、戦々恐々としながら矢継ぎ早に質問してくる友人に対応する。
「仲直りは、した。三回くらい一緒にご飯を食べたし、四人で買い物に行ったこともあるよ。ローラって身長が180近いの。それでピンヒールをはいているものだからもう存在感がすごくて。それにジョーさんもカイトも背が高いじゃない。あとは言いたくないけど顔もねー……。わたしだけどう見ても間違ってグループに入ってしまった人みたいになってた」
 とはわたしが密かに思っていただけで、周りの人は特に気にしていなかっただろう。なにしろ長身三人の顔があるあたりを見ようと思えば、わたしなど視界に入らないだろうから。
「えー、でも、ちょっと楽しそうかも」
 と友人は笑う。
「買い物は楽しかったよ。もっとも女の買い物に男がつき合っているって形だったから、後半ではジョーさんもカイトもバテてたけど」
「なんだ、ちょっとした知り合い程度かと思ってたのに、そのローラってひとと仲がいいんじゃないの」
 ゆーさんが安心したように笑みを浮かべた。
「本当、最近になってのことですけどね」
 ああ良かった。部屋の雰囲気が和らいできて。この分なら上手くやり過ごせそう。これもローラがサークルどころかこの大学の学生でもないということが関わっているだろうな。どうしても学内関係者だと、うっかり顔を合わせてしまうこともあるもの。そうなるとその分、揉めやすいんだよね。
「写メ、ある?」
 ずっと静かだったシマさんは座った目で身を乗り出してきた。
「え……。ローラのですか? 撮ったことないです」
「じゃあ、今度チャンスがあったら撮ってきて」
 有無をいわさない調子で迫られたので、わたしはこくこくと頷く。
「じゃあ、機会があれば」
 でもジョーさんの許可がなければ絶対に撮らないようにしよう。そうでなければまた別口からトラブルが起きかねない。
 シマさんは、じゃあ頼んだからねと言い置くと、不機嫌そうな顔のままサークル室を出ていった。いきなり残されたわたしたちはさすがにぽかんとしてしまった。けれど、すぐに訪れた安堵感。あー、良かった、早めに解放されて。それにしても、怖かったな……。




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