「あー、怖かった」
 シマさんが出ていくと、サークル室は不自然な静けさに包まれた。だがため息混じりにゆーさんが口火を切ると、わたしも友人もつられて肩の力が抜ける。
「タイミング悪かったねー」
 友人が盛大にのけぞって背伸びをする。首をこきこきしていかにも緊張がとけた風だった。
「ゆーさんが言わないでくださいよ……」
 そしてわたしはというと、今回の騒動の原因となった先輩に抗議をした。するとゆーさんはごめんごめんと笑いながら謝った。本気で悪いと思っているなら、せめて笑わないでほしい。
「ほらわたし、サークル掛け持ちしてるじゃない。こっちに来るの、久々だったのよね。だからてっきり、ジョーさんとさんがつきあっているって、皆知っていることなんだと思って軽い気持ちで話しちゃって。ほんと、ごめんね」
 その弁明にわたしはため息をついた。確かに彼女はあまり顔を出さない人だ。いや、彼女に限らずうちのサークルにはこういう人が結構多い。ジョーさんもその一人だ。
「そういうことなら仕方がないですけど、わたしとジョーさんはつき合ってないので、面白半分で言い触らしたりはしないでくださいよ」
 と一応念を押しておくと、
「言わないよー。だってジョーさんの彼女はさんじゃないんでしょ? 誤解されたらジョーさんの本当の彼女に悪いじゃない。にしても外国人だって? わたしも見たいなぁ。写メ取ったらわたしにも回してよ」
「あ、わたしもわたしも! ねー、。そのジョーさんの彼女って兄弟いる?」
 気楽そうな調子の先輩に同調して友人が目を輝かせる。ローラの兄弟、ね。
「兄弟は、いる。兄か弟かは聞いていないからどっちかわからないけど」
 わたしの答えに友人がけげんそうに眉をひそめたので、補足した。
「ローラは日本語の勉強を始めたばかりだから、わたしやジョーさんとは英語で話しているのよ」
「あー、そうなんだ」
 友人は素直に納得した。
 ……助かった。いや、確かに英語で兄弟の意味であるbrotherには年齢が上か下かなんて概念は含まれていないし、必要がなければ兄なのか弟なのかはっきりさせるような語彙をつけたして話すこともないけれど。
 実はローラの兄弟の話題なんて、わたしたちの間には一度も出たことがないんだよね。当然兄なのか弟なのかも知らない。もしかしたらローラもどっちなのか認識していないのかも。ただ、ローラの発売日と同じ日に、同じ会社から男性ボーカルソフトである「LEON」が出ていたのだけは知っていた。わたしたちボーカロイド好きにとっては、同じ会社から出たボーカロイドは兄弟姉妹という認識があったりするので、ローラには兄弟がいる、と言ったのだ。
「その兄弟も日本にいる?」
 友人は乙女チックに両手を組み合わせて頬に当て、可愛らしく小首を傾げてみせる。あ、やっぱりそれが目当てか、とわたしは苦笑いした。
「残念ながら」
「ちぇー」
 言葉少なく日本にはいないという言い回しをすると、友人は唇をとがらせる。
「キッシーは相変わらず積極的だねぇ」
 あはは、と笑うゆーさんに、キッシーは大きく頷いた。
「当たり前ですよ。受け身でいたらいつチャンスが来るかわからないじゃないですか」
「でも日本にいる外国人でいいの? その場合、母国に帰らないパターンも考えられるじゃない」
 わたしが問うとキッシーはきっぱりと断言する。
「そんなの、結婚前に確認して日本に永住する気でいるってわかったら別れればいいじゃない。わたしは外国人と結婚するだけじゃなくて外国で暮らしたいんだもの。そりゃ、今だけだったら結婚を意識しない彼氏でもいいけど」
 そうなのだ。キッシーはこの目標のために中学時代からずっと頑張っているというのだ。今も語学学校に通い、留学準備もしている。留学先で就職先も見つけられたら見つけたい、無理でも人脈は作っておく。そして日本に戻らざるを得なくなったとしても外資系に就職するのだ、と目標をはっきりさせていた。
 ちなみにこのキッシーという呼び名も、モチベーションを下げないために自分でつけたキャサリンという名前に由来している。語学学校ではキャシーと呼ばれているらしいが、生憎和風顔である彼女にキャシーというイメージは持ちにくい。これはわたしだけではなかったようで、サークルでもキャシーと呼んでくれと言われたのだが、速攻で変化してキッシーになったのだ。
「美人の兄弟なら絶対格好良いでしょ。こんなチャンスめったにないのに〜」
「兄弟だからって皆美形とは限らないんじゃない? 似ていない兄弟だってずいぶんいると思うけど」
「でも美形の可能性は高い」
「それは否定しないけど、会ったこともない相手に期待を持ちすぎるともし実際に会うことになった時にがっかりしかねないよ」
 などとなだめてみるものの、ボーカロイドは基本、容姿が整っているのよね。レオンの見た目はローラ同様、パッケージにはないので金髪なのか黒髪なのかはたまた思いもかけないような色なのかすらわからないが、ローラのことを考えれば、まず美青年のくくりに収まりそうなことは十分に予想がつく。
「そういえば、今までずっと日本人だと思っていたけど、の従兄って、純日本人?」
「そうだよ」
 ボーカロイドエディタは日本の会社が開発したものだし、カイトの本質である声も日本人男性のものだから、カイトは間違いなく日本産である。日本「人」と言い切っていいものかどうかは迷うところだけど。あ、となるとローラはそういう意味ではハーフになるのか?
 などと自分でも突っ込みどころの多いことを考えながら会話していると、キッシーがため息をついた。
「そうだよね。うん、まあ、確認してみただけだから」
「狙ってたの?」
 ゆーさんはあっけらかんと聞いてくる。会話の流れからわたしもそんなところかなとは思っていたけれど、キッシーがカイトに興味を示したことなんてたいしてなかったので意外だった。
「実は外国人だったとか、せめてハーフだったら、くらい。だって日本人離れしたスタイルしていたじゃない。の彼氏だと思ったから近寄る気はなかったけど、今日もつき合ってはいないって言い張るから。ならわたしが立候補しようかなーって。でも日本人ならいいや」
「わたしなら外国人日本人問わず、素敵そうな人ならチャンスがあれば近づこうって思うけどね。ある意味潔いね、キッシーは」
 ゆーさんの口振りには感心したものが混じる。
「昨日今日にできた夢じゃないですもん」
 えっへんとキッシーは笑いながら胸をそらした。
 ゆーさんも笑うと、ふと黙り込み、頬杖をつく。きょろっと黒目が斜め上を向き、下を向き、としたかと思うと頬杖を崩してこちらにやや身を乗り出した。
「こういうことを言うの、わたしとしては抵抗あるんだけど、さんとこはちょっとあまりない感じの事情があるみたいだからあえて聞くけど」
「なんですか?」
 ゆーさんの目がマジだ。何だろ。何を言われるのかな。
「一緒に住んでるけどつき合っていないってのが信じられないんだけどさ、それでもつき合っていないと言い張るなら二人ともフリーなんだよね」
「二人というのはわたしとカイトのことですよね。はい、そうです」
「なら、カイトさん? カイト君? に彼女ができても問題ないんだよね。それならわたし、一回デートしてみたいから、紹介してもらえる?」
「えっ、本気ですか?」
 反射的に悲鳴のような声が出てしまう。さすがに驚きが過ぎたのか、ゆーさんの目に疑惑の色が浮かんだ。
「あ、やっぱりつき合っていないって、ポーズ?」
「え、いや、そんなことないですけど、あまりにも思いがけなくて」
「うっそー。だってカイトさんなら逆ナンパだってありでしょう。さんが一日中見張っているわけじゃないなら、今までだってデートの誘いの一つや二つくらい」
「あるのかな。そもそもカイトの行動範囲って狭いし」
 コンビニスーパードラッグストア、犬の散歩ルート……くらい。わたしと二人なら電車に乗って出かけることもあるけれど、普段はアパートを中心に半径2Kmもない感じだ。最近でこそジョーさんの家というもう少し遠いところへも行くようになったけれど。
 ということを言うとキッシーは信じられないという顔をする。
「遊びに出たりしないの? というより、友達いないの?」
「たぶん一番仲が良いのがジョーさんで二番目がローラだと思う」
と同じタイミングでこっちに出てきたんでしょう。なのに今まで何してたの?」
 当然の疑問だな……。
 わたしはため息をついた。
「色々あるのよー。というわけでゆーさん、カイトに話を持っていくのは構いませんが、デートがデートとして成り立つ保証が全くできません。十中八九、まともにエスコートはできないだろうと思います。それでも良ければカイトに話を持っていきますが……」
 あ、OKと言われた場合のデート費用はどうしよう。いやどうしようもなにも、カイトには収入がないに等しいんだから余剰分の貯金からでも出すしかないのだが。
 いやそれよりも、カイトへのデートの申し込みがされたというのに冷静でいる自分にも驚いた。こういうとき、少女マンガや少女小説なら、心臓がトクンと波打つなりして、実はなんとも思っていなかったと思っていた腐れ縁の男のことが好きだったと気づくような展開じゃない。なのに驚いた以上の感情がわかないのだ。やっぱりわたしにとってカイトは大きな弟でしかないのだろう。……それともカイトがデートの申し込みなど受けるわけはないと思っているからだろうか。うーむ、自分の感情がよくわからない。どっちなのだろう。
 わたしが頭の中でぐるぐる考えている間に、ゆーさんも真剣な顔で考え込む。それからややあって口を開いた。
「顔とかはっきり覚えているわけじゃないんだけど、カイトさんって、当たりの柔らかそうな、優しそうな感じだったなって記憶しているんだけど。すっごい色に髪の毛染めていたけどチャラく見えなかったというか……」
「はあ」
 お褒めくださり、ありがとうございます。でもきっと、続く言葉は駄目だしなんだろうなぁ、ふふ……。
「でも、あんなに良さそうな人なのに、もしかしてものすごい地雷物件なの?」
 地雷物件ときたか。
「地雷と思うかどうかは人それぞれかと思いますが」
 と、わたしなりに公平を保つためにクッションを置く。
「それでもわたしならカイトをパートナーに選ぶのは厳しいと思います」
 しーんと、一瞬にして部屋の空気が氷点下になった。
 ゆーさんはあらぬ方向へ目を泳がし、首の後ろに手をやったりする。キッシーはキッシーで、黙りこくってひたすらテーブルだけを見つめていた。
「……ごめん。すごく触れちゃいけないところに触れたみたいで」
 ゆーさんは額に指をあてて深刻そうな声で謝る。
「あ、いえ」
「よくわからないけど、って大変だったんだね」
 これはキッシーだ。
「大変といえば大変だけど、同居人としてのカイトはいいところも色々あるよ。毎日きっちり家事してくれるし」
「家事だけだと時間が余りすぎるじゃない。ヒモって感じでもなさそうだけど、働かないの? それとも働けないの?」
 う、ヒモか。特にお金をせびられることはないけど、カイトの現状を示すのに一番近い言葉だ。結婚はしていないから専業主夫というのも違うだろうが、わたしとしてはこっちの認識でいたから、ヒモ呼ばわりはさすがにへこむ。
 キッシーの発言にゆーさんが口を挟む。
さんの様子からすると働けないんじゃないの? キッシー、こういうことは深入りする気がないなら根ほり葉ほり聞くものじゃないよ」
「えー、でも話を聞かないと力になれるかどうかわからないじゃないですか。で、どうなの。言いたくない?」
 キッシーは心配そうに眉をひそめてわたしの顔をのぞき込む。
 わたしは逡巡した。
「言いたくないってことはない。正直迷っているところもあるし。でも話したところで解決になるかどうか」
「そんなの話してもらえないと判断できないじゃない」
 ごもっともです。
 わたしはふふっと笑ってしまった。この際だから、打ち明けられることだけでも聞いてもらおうかな……。
「カイトは働けないのか働かないのかでいえば、働けないんだ。理由は言えないけどこれはやる気の問題でどうにかなることじゃなくて」
 その理由はカイトの社会性がまだ低いからというだけではなく、戸籍がないからというものもあるのだ。そりゃあバイトくらいなら嘘八百の履歴書でも調査されるなんてことはないだろうが、それでも不都合はあるだろう。例えばわたしのバイト先は給料は銀行振込だ。それも本人名義のものでないといけないということなので、わたしはバイトを始める時に振り込み用の口座を作った。こういうところはかなり多いだろう。だがカイトはなんの身分証もないので口座を作ることはできない。
 もちろん手渡しのところもあるだろうが、それでも問題は残る。税金の問題だ。身元不明者が働けたとしても、身元が不明なのだから放置しておけば税金を納めることも引かれることもないだろう。とはいえ引かれないならバイト代が全額残るのだからいいじゃないなんて言っていられない。どこからバレるものかわかったものじゃないもの。いつか調査が入った時に身元不明ということで警察やなんかに連行されたりしたら、間違いなく騒ぎになる。わたしの両親だって巻き込まれるだろう。人の世界にいる時間が限られているカイトにはこんな人の世界のしがらみに巻き込まれてほしくない。だからわたしはカイトには生活費を少しでも稼いでもらいたいなんて思わないのだ。懸賞は現物支給みたいなものだし、宝くじには税金がかからないという話を聞いたことがあるので、現金が当たってもそれと同じかなと思っているのだけど。
「でもそのことはわたしは納得済みだから問題だとは思っていないんだ」
「お金の問題を問題だと思わないのって、悪いけど現実を見ていないって気がするな」
 ゆーさんはびしりと言う。
「そうですか」
「そうだよ。だって、このままだとさんが一人で働いてカイトさんが専業主夫ってことになりかねないじゃない。そりゃ、世の中にはいろんなカップルがいるからそれだってありといえばありだけど。でもさんはつまりカイトさんのことを男性として見られない状態なわけでしょ? それって、空しくない? 今は納得できていても、だんだんきつくなってくると思うよ」
「それにかカイトさんのどっちかに別に好きな人ができた時も大変なことになると思うよ。はまあ、残酷なようだけどカイトさんと別れて同棲を解消してしまえばどうにかなるかもしれないけど、カイトさんは無理なんでしょ? いくらイケメンでもなんだか深刻そうな問題を抱えている上に稼ぎのない男って、望み薄じゃない。最初は、ま、相手の女も顔で騙されてくれるかもしれないけど、どうもの口振りだとそれでどうにかなるような問題でもなさそうだしね」
 キッシーもゆーさんに続いて追撃してきた。
「その辺のことはわたしも考えたんだよね。で、そこから先に進まないの」
 ため息をつくと、二人とも納得と頷いた。
「現実的に考えればがカイトさんのことを意識できるようになれば解決しそうだけどね。無理?」
「厳しいかな。意識できるならとっくに意識しているだろうし」
「それはそうか」
「それに、わたしまだ十代だし。普通の彼氏と普通にデートとか、ずっと先のことだろうけど普通に働いている人と結婚して子供もいて、みたいな普通路線が諦めきれない。カイト相手なら無理だもの」
「平凡なのは悪くないけど、もう少し夢見たら……?」
 ぼそっとゆーさんが呟いた。キッシーがふとした調子で言う。
「言いにくいだろうけどさぁ、カイトさんとは身体の関係はないわけね?」
「うん。そもそもカイトとそういう関係になったら最後だって気もしているし」
「最後って?」
 ゆーさんが尋ねた。
「なんていうんだろう……。恋愛感情があるわけではないけど、責任取らないといけない、みたいな感じでしょうか」
「それ普通、男が考えることだよね」
 あー、とため息をつきながらゆーさんは嘆く。
「そうなんですよね、本っ当、そうなんですよ」
 わたしは拳を握ってテーブルに置き、力説した。
「ドラマやマンガみたいな恋愛がしたいとまでは言いませんけど、わたしだって恋に夢みたいんですよ! トキメキがほしいんですよ! 顔なんて並でいいからいえ格好良ければそれにこしたことはないですけどでも、並でいいんで主体性のある男の人と行動したいんです! カイトと一緒だと実際には並んで歩いているけど意識の上ではなんか三歩後ろくらいを歩かれている感じがして! わたしだってエスコートされてみたい〜!」
「溜まってるね、
 キッシーが同情するように背中をポンと叩いた。
「そもそもカイトさんってさんのことどう思ってるの? その点ははっきりしてる?」
「カイトは……」
 うーむ、言うべきか、言わざるべきか。
「面倒なことを抱えている自分の世話をしてくれる親戚の子ってだけ? それともはっきりさんのことが好きだけど、さんはその気持ちに答える踏ん切りがつかないとか? 仲はいい感じはするから嫌っているってことはなさそうだけど」
「カイトは、わたしのことが好きみたいです。でも」
「でも、とかはいいから。そうか、カイトさんはさんが好きなのね」
 うんうんとゆーさんは真顔で頷く。
「でもっ、カイトは行動範囲が狭くって、人間関係も狭いし、その分若い女の子の知り合いもろくにいないから一番接点があるわたしに好意を向けているだけだと……」
「でもジョーさんの彼女って美人なんでしょ?」
 ゆーさんはわたしの話を遮る。
「え、まあ、ローラは誰が見ても美人だと言うでしょうけど」
 わたしはふいを突かれて答えるのに手間取る。
「その美人と接点ができても特に揺らいでいる感じがしないなら、さんがどう思っていようが、カイトさんにとっては本気の思いなんじゃないの? ダメだよ、相手の気持ちを自分の物差しで判断しちゃ」
「いや、そんなつもりは全然……」
 わたしは「カイトの精神年齢は高くて十歳」説を披露しようかと迷ったが、重要なのはそういうことではないように思えたのでやめた。
 カイトなりの本気、か……。じゃああの言葉も本気なのかな。いや、カイトが本気でないことなんてなかったけれど、意味もわからず、実体化して二年未満の幼い感情のまま言っているだけだと思っていた。わたしを愛するようになるでしょう、なんてさ。本気に取ったら馬鹿をみると思ったから、はいはいふーん、くらいで受け流してしまったけれど。
「取りあえずつき合ってみたら?」
 ゆーさんがにっと笑う。
「つき合うって……」
「どうもね、話を聞いていると先が不安な感じがするんだよね。このままだと誰も幸せになれないような気がして」
 わたしは現状で安定していると思っているけれど、ジョーさんにしろゆーさんにしろ、事情の知り具合はともかくとして、わたしたちのことを知った人たちがそれほどまでに不安を感じるものなのか。自分ではまるで自覚がないだけに、この指摘は恐ろしい。
「二人とも割り切ってルームシェアしているっていうならそれはそれでいいと思うよ。でもカイトさんはさんが好きで、でもさんは答えるつもりはない。でもさんはなんらかの問題を抱えているカイトさんの面倒をみるつもりでいる。その上さんは彼とは別の恋人はほしいって……。可能性がゼロとは言わないけれど、さんの希望って、相当無理があるよ」
「それは、わたしだって厳しいとは思っていますけど」
「微妙な関係にある男女間にうまく溶け込める男を見つけるってだけでもハードルが高いけど、結局カイトさんの生活を補佐する人が必要だというなら、その負担は相手の男性も負わないといけないんじゃないの? もし家政婦さんなり介護サポートの人なりをつけてカイトさんに独立した生活をさせる場合でも、費用の負担が発生するんじゃない? それ、いくらなんでも相手の男も巻き込んでなんて、無茶よ。それくらいならカイトさんは親御さんに返してしまいなさいよ。それができないなら沿い遂げるつもりで一緒にいるしかないんじゃない?」
 色々ぼかしたせいか、介護なんて言葉まででてきてしまったけれど、彼女が言いたいことは理解できた。うん、薄々わかっていたけれど、やはりわたしの望みを叶えるのは相当ハードルが高いようだ。カイトが存在する間は我慢すればいいという問題でもない。だって、この先何年いるかわからないんだもの。OSのサポート期限問題があるとはいえ、ネット接続さえしなければウイルスを拾ってくることもあるまい。今のパソコンはカイトが存在するためのものと割り切り、普段使い用には新しいパソコンでも買えばいいのだ。酷使しなければ今のパソコンもそれなりの年数は持つだろうし……。でも、いよいよ壊れたとなった時、わたしは一体何歳になっているのだろう。でも、だからって、
「恋愛感情もないのにつき合うのは、カイトに悪いじゃないですか」
 そりゃ、カイトのことは好きだけど、恋しているわけじゃないし、期待させるのは酷じゃないだろうか。
「そんなの、カイトさんが納得していれば問題ないじゃない。恋人同時が皆ラブラブってわけじゃないでしょ。告白されたから特に好きじゃないけど今フリーだからって理由でつき合っている人たちだって結構いるよ。その後うまくいくかどうかは、その人たち次第なんだし」
「そうでしょうけど、でも、わたしから言い出すのはちょっと……。負けた気がして悔しい」
 ゆーさんはぺちんとわたしの頬をひっぱたいた。力は入っていなかったので、特に痛くはなかったのだが、わたしは驚いて目をしばたかせる。
「お馬鹿〜! そんな意地なんてなんの役にも立たないよ! そもそも普通、恋愛における力関係は、惚れられている方が勝っているもんなんだからね!」
「え……あの、はい、すみません」
 ゆーさんの迫力につい謝ってしまう。そうか、あまりがちがちに考えなくてもいいのかな。でも。 
「でも、今更なんて言ってつきあい始めればいいか……」
「そんなことで悩むの? なーんか、可愛いね」
 と一瞬前まで真剣な顔でわたしに説教していたゆーさんは相好を崩した。
「メールすれば?」
 あっさりとキッシーが言う。
「何て書くのよ」
「そんなの、自分で考えなよ」
 考えろと言われたので考えてみた。
「……カイトのことは特に男として見ていないんだけど、気持ちが変わるかもしれないので、お試しでつき合ってみようか? とか」
「ひどい文面。カイトさん可哀想」
 キッシーはざっくりと切り捨てる。
「だって、これが正直な気持ちなんだもん!」
「正直すぎるのよ。少しはオブラートに包みなさい!」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「知らないわよ。もー、改めて言葉にするのが恥ずかしいとかなら、お酒の勢いでも借りてキスしたら?」
 本気かどうかわからない口調でキッシーが言う。他人事だと思って! あと、一応わたしは未成年だぞ。
「お酒はなし。カイトが口うるさいんだもん」
「ぐちゃぐちゃ言ってないで、行動する気があるならとっとと行動しなさいよ! 時間がもったいないでしょ!」
 業をを煮やしたキッシーが切れて吠える。
 将来に向けて一直線な彼女から、それからしばらく、わたしは思い切りのよさがどれだけ大切か、ということをくどくどと語られることとなった。






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